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「花岡くん、君はその、なぜ村を出てここへ来たんだ。おばあ様と約束したのではなかったのか?」
マリコは口を尖らせると、ふいと明後日の方角を見た。
「だって、村はつまんなかったから。真理子が結婚するって聞いて、嬉しくて。それで」
真理子は、つかつかとマリコに歩み寄った。「ごめんなさい、教授。私が悪かったの。私が早く、村を訪ねていればこんなことにはならなかったんだわ」
真理子は、マリコの手を引いて、扉に手をかけた。
「帰ろう、マリコ」
「ちょっと待て、芳本!」
真理子は声の主を探した。
「森下さん・・・」
教壇脇の扉が開いた。ひょろりとした風体の森下と、その後ろに白い杖をついた男が立っている。その男は、両目に包帯を巻いている。
「悪いが、花岡マリコの後をつけさせてもらった。あなた、浦河教授?」
「ええ、私はこの子たちの父親の友人で」
森下の背後から、ゆらりと顔を覗かせたのは、寺田だ。まるで見えているかのように、きょろきょろと辺りを見渡す。そして、鼻をひくつかせて言った。
「双子だ」
真理子は、マリコを抱き寄せた。
「いえ、私たちは双子ではなく、腹違いの姉妹です」
「あんたたちのことじゃないさ」
寺田は、森下の前へ出て、広い講堂に向かって人差し指で空を切った。マリコと真理子に向かって指を高く突き上げると、にやりと笑った。
「見つけた」
「何を見つけたんだ」
「澱だよ」
「おり?」
「そこの女だ。母親たちの澱が溜まってる。双子だったから、恨みつらみも二倍だろ。まあ、一種の呪いだな」
寺田を睨みつけたマリコは、小さな声で「いや」と呟いた。その瞬間、青い炎が上がった。燃えているのは、浦河だ。
「うわあああ」
左腕から発火し、まるで生き物のようにちょろちょろと体を這って広がっていく。森下は上着を脱ぎ、炎を払った。
「やめてくれ、マリコ!」
「ちくしょう消えねえ!」
森下は窓の下にある消火器を手に取り、炎に向かって噴射した。
「お願い、もうやめてマリコ!」
「違う、私じゃない!」
「ああ、あんたじゃない。やってんのは、もう一人の女だ」
「なんだって?」
ようやく鎮火した。真っ白の粉に咳き込む浦河の左腕は、服は燃えても皮膚までは燃えていない。
「その炎は、調節が効くんだ。ちょっと驚かす為の小さな火、人を殺す為の大きな炎。点けたり消したり思いのままだ。なあ、お嬢さん。気分はどうだい」
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