プロローグ

7/7
前へ
/94ページ
次へ
「…はい。 返却は来週の金曜日までにお願いします。 と言っても、君は常連さんだからわかってるかー」 「…はい」 手続きを終えた松田さんが、本とカードを渡してくれた。 「…いい名前だね。スピカ」 という言葉とともに。 「ありがとう…ございます……」 私は、さっきとは少し違う気持ちで、そう返した。 ***** 帰り道。 いつもより遅い電車に乗ると、幸運にも席が空いていた。 腰かけて、早速図書室で借りてきた本を開く。 松田さんがとってくれた本。 「…スピカ…。 知ってるとは思わなかった……」 彼も星が好きなのだろうか。 あまりそういうタイプには見えなかったけど。 いや、思えば毎週金曜日カウンターで顔を合わせているのに、会話をしたのは今日が初めて。 名字を知ったのも、ついさっき。 趣味や性格なんて、わかるはずがない。 「……いい、名前だね…か…」 珍しく、本に集中出来ない。 ページの上で、目が滑る。 「また来週…、会うんだよね」 そうしたら話しかけてくれるかな? 私のこと、常連だってわかってるってことは、顔を覚えてくれていたってことだよね? 「…って。馬鹿みたい。何を浮かれているの」 どうせ、何も起こらないよ。 あの人は、きっと隣に座ってた女の子と付き合っているんだ。 何かを期待するのはやめた方がいい。 「……馬鹿みたい……」 本を閉じて、窓の外へ目を向ける。 空は暮れてきて、橙がにじむ。 明日は晴れだろうか。 …どっちでもいい。 晴れでも雨でも、…どうせ変わらないのだから。 ――梅雨入りを間近に控えた6月。 私に、そんな小さな出会いがあった。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

446人が本棚に入れています
本棚に追加