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「…はい。
返却は来週の金曜日までにお願いします。
と言っても、君は常連さんだからわかってるかー」
「…はい」
手続きを終えた松田さんが、本とカードを渡してくれた。
「…いい名前だね。スピカ」
という言葉とともに。
「ありがとう…ございます……」
私は、さっきとは少し違う気持ちで、そう返した。
*****
帰り道。
いつもより遅い電車に乗ると、幸運にも席が空いていた。
腰かけて、早速図書室で借りてきた本を開く。
松田さんがとってくれた本。
「…スピカ…。
知ってるとは思わなかった……」
彼も星が好きなのだろうか。
あまりそういうタイプには見えなかったけど。
いや、思えば毎週金曜日カウンターで顔を合わせているのに、会話をしたのは今日が初めて。
名字を知ったのも、ついさっき。
趣味や性格なんて、わかるはずがない。
「……いい、名前だね…か…」
珍しく、本に集中出来ない。
ページの上で、目が滑る。
「また来週…、会うんだよね」
そうしたら話しかけてくれるかな?
私のこと、常連だってわかってるってことは、顔を覚えてくれていたってことだよね?
「…って。馬鹿みたい。何を浮かれているの」
どうせ、何も起こらないよ。
あの人は、きっと隣に座ってた女の子と付き合っているんだ。
何かを期待するのはやめた方がいい。
「……馬鹿みたい……」
本を閉じて、窓の外へ目を向ける。
空は暮れてきて、橙がにじむ。
明日は晴れだろうか。
…どっちでもいい。
晴れでも雨でも、…どうせ変わらないのだから。
――梅雨入りを間近に控えた6月。
私に、そんな小さな出会いがあった。
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