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私は年甲斐もなく、少女のように赤面したのでございます。
その日は世界が終わりを迎える前日でありました。年老いた私達夫婦は箱根の旅館で最期を迎えることに致しました。旬の山菜を食べ、主人とゆったりと過ごす一時はまさに至高の幸せでございました。
しかし、その幸せに気が緩んでいたのでしょう。夜中に大きな音を立てて、私は眠りから覚めてしまいました。
音の原因は私の放屁でございました。
自慢ではありませんが、私は結婚以来50年、主人の前で放屁したことなどございませんでした。一方で主人はと申しますと、所構わずぷーすかぷーすかしておりますが、私の方は一度たりともございませんでした。
私はもしや聞かれてはいまいかと不安になり、主人を揺すりました。
「あなた。あなた。起きてくださいまし。今の音、聞かれまして?」
主人はとろんとした眼を擦りながら「どうかしたのかい」と尋ねました。私はその様子を見て、気が付かなかったのだと安堵いたしました。しかし、同時に主人の眠りを覚ましたことに罪悪感を覚え、嘘を付くことにいたしました。
「あなた。今、大きな地震があったのです。ああ起こしてしまって申し訳ございません。もうすぐ世界が終わると言われておりますでしょう。私は恐ろしくなったのでございます」
すると主人は「そんなに大きな地震があったのかい。すまない、気が付かなくて」と私を気遣って、手を握ってくださいました。
「ところで、その地震があったのはキミがオナラをした後かい? それともする前かい?」
世界が崩壊する前に、主人の言葉によって私の中の何かが音を立てて壊れてゆきました。
ーー御仕舞ーー
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