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その日が雨だったことはよく覚えている。
この日はわたしの誕生日で、お母様と買い物にでかける予定だった。でも、午後からひどい嵐になり、翌日に延びてしまった。
その日のディナーはとてもとても豪勢だった。屋敷のシェフは父が雇った選りすぐりの者で、わたしの好みをよく把握していた。幼いわたしの目には、真っ白なケーキの上に突き刺さる蝋燭が宝石のように見えた。
母が優しい賛美歌を歌ってくれた。使用人らもみんな歌いだした。楽しい楽しい宴の夜だった。憂いも不満もそこには無かった。
外国に住む祖母から、立派な装丁の絵本が贈られた。わたしの小さな腕では少々重い、しっかりとした厚みのある本だった。中にはたくさんの童話が収められていて、祖母の居る国では人気のシリーズであるらしかった。宴の後、わたしは眠りにつくまで母にその絵本を読み聞かせてくれるよう頼んだ。
醜い蛙が王子様だった話。100年の眠りについた姫の呪いをくちづけで解いた王子様の話。たくさんの王子様が描かれていた。興奮のあまりいつまでも寝付く様子を見せないわたしに、母は「困ったわねえ」と言いながら、絵本を閉じた。
続きは、また明日。
母の唇が額に優しく触れる。わたしはようやくまどろんだ。自分が生まれた日を幸せに感じた。外で吹きすさぶ嵐など怖くはなかった。
凄まじい雨風の中を、一羽の鴉が飛んでいた。激しい突風にあおられても決してふらつく様子はなく、ただまっすぐに飛んでいた。やがて、この街一番の大きな屋敷のそばまで来ると、ゆっくりと速度を落とした。そして、屋敷の3階にある、小さな出窓の桟にそっと降り立った。
鴉はその黒い瞳で、中の様子を伺った。壁際のベッドに横たわる少女の身体を見つけると、鴉ははばたいた。次の瞬間、少女の部屋の中に黒髪の青年が舞い降りていた。
青年は音も無くベッドに歩み寄った。真っ黒な瞳は眠る少女の胸元に注がれている。青年は口を開いた。
契約どおり、あなたのたましいを、いただきにあがりました。
起き上がるはずのない少女に、そう優しく呟く。だが、そこで青年は目を見開いた。
少女は目を覚ましていた。
「……だれ?」
あどけない声が問う。青年はうろたえた。起き上がった少女は、大きな瞳で青年を見つめていた。
「……きれい……」
少女はうっとりと笑みを浮かべた。「まるで、おうじさまみたい」
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