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そのとき、青年は初めて気がついた。少女の薄絹から覗く肌も、まっすぐに伸びた髪も、雪のように白かった。暖炉の消えた薄闇でもはっきりとわかるほど、そのすべてが清廉であった。
「でも、不思議ね……どんなおうじさまも、みんな、明るい金いろの髪をしているのよ。でも、あなたはまっくろ。これでは、わるい魔女だわ」
青年は微笑んだ。
「ええ。私は、お伽話の王子様ではありません。その逆の存在として、今宵、貴女をお迎えにあがりました」
青年の答えに、幼い少女はきょとんとした。よく意味がわからなかったのだろう。青年はかがみこみ、少女の細い腕をとった。
「ああ、貴女は忌まわしい天使そのものだ。この肌も髪も、全てが痛々しい色をしている。……私が、本当に美しい色に染めて差し上げましょう」
「ほんとうに、うつくしい色?」
「ええ。貴女が、もう少し大きくおなりになったら。私は必ず、美しい貴女を、この腕に抱きに参上します」
それまで。
青年は長い指を空中に向け、幾何学的な模様を描いた。その軌跡は、いつしか見た紫色に輝き、やがて一つの形をとった。
「私は、必ず貴女のもとに再び参ります。貴女と私の契約は、これからも続くのです。その証に、こちらを」
青年は、少女の白い指に触れた。そこには銀色に輝く指輪がはめられていた。
「契約です。これは、私と貴女だけの契約です。私がお迎えにあがるまで、貴女はその清廉な姿のままでいてください。―――約束くださいますか?」
「ええ」少女はうっとりと微笑んだ。その笑みは非常に愛らしかった。
「あなたをずっとずっと待つわ!いつか、迎えにきてくれるのよね、お馬さんにのってーーー」
青年は微笑み、右の手で少女の額を撫でた。少女はたちまち深い眠りについた。青年の指にもまた、指輪が嵌められていた。漆黒に染められた指輪は、少女の指に嵌っている銀色のリングが名残惜しいとでも言うように、もどかしそうに鈍く光った。
一羽の鴉が屋敷を飛び立った。吹きすさぶ嵐の中を、気持ちよさそうにくぐりぬけて行った。
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