八、君恋うまで

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 カタカタと不可解な音が小さく長く響く。何かと見やれば、床に両手を着いて蹲る咲穂の指に飾られた貝の指輪が床板に当たって音を立てている。乱れた黒髪から覗く顔は、すっかり血の気が引いて青白い。 「極刑……。私は死なねばならないほどの罪を犯したのですか? 私はただ、矢凪様の御心が欲しかっただけ……」 「そのために豊葦原を滅ぼすところでした。この豊葦原は花姫が唄わねば滅びる土地です。貴女が唄っても花は咲かない。――ですが、大王はもし貴女が嘘を貫き通したのなら、それでも構わないとお考えでした。皇族に代り吾田族が豊葦原を導いていくだろうと。ですから、最初から大王は偽物だと判じられた方を罪人として裁くおつもりだったのです。おそらく秋津妃もそれを承知で貴女に毒を渡された」 「私が真緒姫を殺し損ねたから、私は大王に罰せられるのですか? 極刑? 私が? 奴婢だなんて嫌よ。そんな風には生きられない。死んだ方がマシよ! でも、死にたくないわ。嫌よ! 嫌っ!!」 「ですから、咲穂姫。逃げるのです! 豊葦原を去るのです!!」  声を荒げる咲穂につられて大声を響かせた晴麻。彼を片手で制して、再び矢凪が咲穂に語りかける。それはとても穏やかで、優しげな声音だった。 「咲穂姫は幼い頃からずっとわたしの傍にいてくれた。だから、わたしはこれからもずっとそうなのだろうと、いつの間にか慢心してしまっていた。だが、人が人と常に共にいるためには、互いに互いを想い、そうあるための努力をし続けなければならなかったのだ。今まではわたしたちが共にいられたのはその努力をすべて咲穂姫がしてくれていたからだ。だが、これからはわたしがしよう。わたしが貴女を護り、貴女を支える。共に豊葦原を去ろう」 「いけません。矢凪様は日嗣の皇子です。いずれ大王になられる方」 「不相応にも与えられた地位だった。もともと日嗣の皇子という座はわたしのものではなく、ましてわたしには大王になれる器などない」 「そのようなことはありません。矢凪様はご立派な方です。きっと素晴らしい大王になられます!」  咲穂の言葉に矢凪はゆるやかに頭を左右に振った。
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