一、そんなの面倒臭い

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(見つけた! 間違いない!!)  長く厳しかった冬の終わりを告げる柔らかな日差しを受けてようやく芽吹いた青草を蹴散らし、竪穴の住まいが立ち並ぶ集落の中を一人の少年が駆け出した。  筒袖の上衣を激しく翻し、足結が解けるのも厭わずに人の往来を縫っていく様は、まるで野を駆ける鹿のようだ。じゃらじゃらと、勾玉や管玉を連ねた首飾りが喧しく音を立てて、少年と擦れ違う者たちを振り返させる。 「織人(おりと)様、お待ちください! 織人様!!」  油断していた少年の従者は、あっという間に彼を見失った。悲鳴にも似た声が少年――織人を追いかけてくる。しかし、それももう彼の耳には届かない。  湿り気を帯びた黒い土が跳ね上がり、織人の上質な絹の袴を汚す。みずらを結っていた錦紐も解けて、どこかで落ちた。髪はバサバサ。だが、構うものか。 (ああ、間違いない!! どんどん強くなる!)  不意に道が二手に別れた。足を止めることなく南に向かう道を選ぶ。 (こっちだ。こっちにいる)  織人は感じていた。彼の中にある何かが、抗うことの許されぬ強大な力によって引き寄せられているということを。しかも、その感覚は足を前に進めれば進めるほど強く強くなっていくのだ。 (この先におられる。待ち望んだ、あの方が!)
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