第41章 もう一つの遺書

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 立ち上がった健一郎は、涙を払って金子に言った。 「刑事さん。犬養は、女を道連れにして死ぬような卑怯な男じゃねぇだ。増して、人を殺めるような人間でねぇ。あいつは、俺を庇ったんだ。あの馬鹿垂れが、命を粗末にしおってからに」  健一郎は涙ながらに言った。 「どういう事ですか?」 「専務を殺し、湯川に捨てたのは、この俺だ。逮捕するなら、俺を捕まえてくれや」  健一郎は両手を揃えて突き出し、真相を語った。 「あの晩、社長室の方で物音が聞こえたで、何だろうと思って、非常口から廊下に出て、社長室に入ると、専務が浅間山の模型に頭を打ち据えて、赤い血が、まるで溶岩のように流れていただよ。  その傍らで、愛子が座り込んで泣いておった。服は、ぐちゃぐちゃに引き破られ、肌や下着が露出しておった。専務が彼女をレイプしようとしたのは一目で分かっただよ。  更に、落ちてあったメモ帳には、会社の乗っ取り計画や、偽装誘拐の陰謀が書かれてあった。それを見た俺は、どうしても、専務が許せなかった。  出血は酷かったが、専務は気を失っていただけで、まだ生きていた。直ぐに救急車を呼べば助かったかも知れなかった。だけんど、これは、悪魔が受けた当然の報いだと思った。  俺は、愛子と協力して、偽装誘拐をすることにした。  秘密は、互いに墓場まで持っていく約束をしただ。  だから、犬養が専務を殺したというのは、愛子と俺を庇わんがために書いた嘘だ。あの馬鹿たれが、命を捨てて嘘を付く馬鹿が何処にいるだ…こんな、老いぼれを庇う事なんかなかったに…」  健一郎は、両手で瞼を覆い、オイオイと嗚咽交じりに号泣した。
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