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それを見たのは、いつが最後だっただろう。
本当に間違いなく私と買ったものなのだろうか。
鈍いシルバー色の存在は、結婚当初より太くなった薬指には、とても窮屈そうに見えた。結婚が岡野自身にとっても窮屈なものになってしまったようにも思えて、申し訳なく思った。
私は、岡野のいないマンションに帰り岡野の無料専属ハウスキーパーと気づき、初めはそれでよかった。岡野の妻であることが嬉しかったのだから。でも、歳を重ねるごとに冷えていく、岡野の態度に触れたとき、嬉しさは消え、窮屈以上のものを感じてしまった。
結婚後に、どうして互いが窮屈に過ごすことになってしまったのか。いち早く窮屈さを知った私はまだ出口を探さないでいる。それどころか、出口を探し出すのを諦め、惰性に片足浸かっている。籍さえ気にしなければ、1人は気楽なのだと。
窮屈そうに薬指に嵌る結婚指輪を眺め、外したいのに外せない岡野を思うと、笑いがこみ上げる。
太ったのか浮腫んだのか。そうなる前に外せばいいのに。
そっと、指輪に触れて抜けないものかとゆっくり引っ張る。ビクともしなくて、横に回しながら引き抜こうと足掻く。少しは回るけど、抜けはしない。
この指輪が抜けない岡野に、あんパンのゴマが食べられないと聞いたときのような、愛嬌を感じた。いつも用意周到、自分に甘く他人に厳しい岡野がこんなところで失敗しているのかと思うと、少しだけ、憎めないような気にもなった。
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