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ビールのジョッキをテーブルに置き、「ごめん、ごめん」と言って頭を掻く織田さん。
そんな彼に、私はある約束を取り付けていた。
「ほらぁ、そろそろお会計して。
出勤前にイルミネーションを見に行く約束、忘れちゃったの?」
居酒屋の壁に掛かった時計は、もうすぐ19時半を指そうとしていた。
私の出勤時間は20時。
しかし今日は、同伴するとママに伝えてある。
ちゃんと連絡さえしていれば、30分程度の遅刻は容認されるから。
それならば、その猶予を有効に使わない手はない。
そう思って、私は彼に「イルミネーションが見たい」と事前に話しておいたのだった。
「わかったよ。
じゃあ会計してくるから、円佳は先に支度してて。」
そう言って織田さんは、小上がり席から立ち上がって会計を済ませに向かった。
彼の後姿を見送りながら、小さく溜め息を吐く。
「ったく、・・・鈍いんだから・・・。」
彼が結婚できない理由は、きっとこの『鈍感さ』も関わっているのだろう。
終末を控えたクリスマスイブに、カップルばかりのイルミネーション会場に行こうだなんて。
ただの『客』に言う訳ないじゃない・・・。
テーブルの上には、食べ残された焼き鳥と卵焼き。
そしてその横には、山盛りになった灰皿があった。
へヴィースモーカーな織田さん。
私はタバコの匂いが嫌いだったけど、彼と同伴するようになってからは、この匂いが嫌いじゃなくなった。
むしろ今は、この匂いさえ好きだと思えるようになったのに・・・。
「円佳、準備できた?」
会計を終えた織田さんに声を掛けられ、こくりと頷く。
そしてタバコの匂いの付いた彼のコートを、背後に広げ着せてやる。
「イルミネーションって、どこでやってるの?」
同じ街に住みながらも、自分のテリトリー以外の事はほとんど知らない織田さん。
そんな彼の言葉にやや苦笑しながら、私はさりげなく彼の手に触れた。
「案内するから、付いてきて。」
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