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「言うこと、無いの」
「え?」
彼の声に現実に引き戻される。
彼は呆れたとも、怒っているとも言える表情で私を見ていた。
「こういうのって、何か言葉を添えながら渡すんでしょ」
「……」
いやいやいや、言葉って。
眉間に力を入れて彼を見ると、彼の口角が楽しげに上がる。
「知ってるよ」
「…何をですか」
「君が、俺を気にしていること」
「は……?」
その言葉に一瞬心臓が止まったかと思った。
意味を汲んで固まる私を見て、彼は満足そうに微笑む。
本屋で何回か見掛けていたこの彼に、私は仄かな恋心を抱いていた。
最初は「あの人、この本屋で良く見かけるな」という程度だった。
そのうち彼の読んでいる本が気になりだした。
そのうち本屋に馴染む彼の落ち着いた雰囲気が気になりだした。
そのうち本に目を落とす時の艶のある横顔が気になりだした。
それでも本に集中すれば脳が文字に溺れ、心が落ち着いていく。
だから彼への気持ちが進むことは無かった。
私の記憶の限りでは、目が合った事もなければ傍に立った事もない。
たまに本屋で見掛けるだけの、間柄とも呼べない間柄だったのに。
「…なんで」
無理矢理絞り出した声は震えていた。
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