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真っ白になった頭のなかに――この部屋で初めて迎えた朝の記憶が、去来する。
あの時、槙田は言った。何でもないことのように、さらりと打ち明けた。
仁科さんが好きなのだと。満月のように欠けたところのない、誰よりも「完璧」という言葉が相応しい美貌の持ち主を、自分は想っているのだと。
「これで、納得してもらえましたか」
――納得?
俺はへたりと座り込む。
納得、納得、と、自分の声が繰り返し、脳内で何度も何度も波紋をつくって、
自ずと、口元が歪んだ。
――納得なんて、いくわけ、ねえだろ。
――何で、
「……何、でだ」
――何でそんな、冗談言うんだ。
視界が霞んでいくのを止められない。
この1週間で、俺は何度泣いただろう。一生分を流し尽くすくらいには、涙を生んでいるんじゃないだろうか。
「俺、……仁科さんの代わりになんて、なってねえし、なんねえだろ」
俺は、あの綺麗な人と比べたら、悲しくなる程に醜くて、
「支えることすらまともに出来ねえ、役立たずだし」
そのせいで、散々しがみ付いてきた日陰さえ追放され、
「ひとりよがりだって……一方通行だって分かってて、それでも好きで、……役に立ちたいって、棄てられたって馬鹿みたいに思い続けるような、どうしようもねえ、馬鹿なのに」
こんな人間に、好きになってもらえるだけの価値なんか、あるわけない。
なのに、さくら先輩、と槙田は呼んだ。
春が来る度に焦がれられる花の名は、俺なんかには勿体無いのに。
「もしも、」
槙田は笑う。
「岩武さんの才能への気持ちを、俺にそっくり移してくださいって頼んだら、出来ます?」
子供のように邪気なく笑う。
不意に、壁に引っ掛けてあった俺の鞄に視線を留めた。
無駄なのはスペースくらいの洗練された空間で、どうしようもなく違和感を放つ、使い古したショルダーバッグ。
そちらへ歩み寄りながら、歌うように綺麗な声音で、
「誰かの代わりに誰かを好きになるなんて、そんなこと、可能だと思いますか?」
ああ。
槙田はいつだって、俺の答えなんて求めてはいないのだ。
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