第10話

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 せっかく買ってくれたのに悪いが、食欲は皆無だ。  俺が首を横に振ると、わざとらしく溜め息を吐いて聞かせたのち、 「食べてください」  スプーンで掬って突き付けてきた。  俺が食べるまで頑として手を動かさないらしいので、仕方なく食んだ。  あまり味を感じないが、1秒に1回くらいのペースで咀嚼し、いよいよ痛み出した喉を通す。  喉が上下するのを見届けて、槙田はまた一口分を差し出してくる。俺はそれを大人しく食む。  数回繰り返したところで、とうとう顔を背けた。半分も減っていなかったが、槙田は許してくれた。  横たえられ、布団を被せられ、即座に伝染した熱に包みこまれる。  もぞ、と身動ぎをする間に槙田はベッドを降りて、猫のように足音をたてず、俺の傍らを離れていく。  遠ざかる背中にじくりと胸が痛んだのは、きっと、体調を崩したときは心細くなってしまうというあれなのだと思った。 「恐らく栄養不足と睡眠不足とストレスが原因でしょうから、そこを改善しないとどうしようもないですよ」  そう、キッチンから声を放る。この部屋は広いけど、槙田の声はよく通る。 「食べやすそうなもの色々買ったんで、少しずつでも食べさせますから。大丈夫そうな時は抜けてくるんで」  飲み物飲んで、トイレ行く以外は大人しく寝てること。戻ってきた槙田はそう淡々と告げて、ベッド脇に置いていた鞄を肩に引っ掛けた。  そしてすぐに、また背中を向けてしまう。  細いようでいて、しなやかに筋肉の付いた背中。俺を軽々と抱き上げ――抑え込み、逃がさない男の、背中。  この男に抱かれるため。俺がここへ来ていたのは、ただ、それだけの理由だったのに――  不意に。この胸の痛みの原因が、心細さではないことに気付く。 「……槙田」  俺の声は冗談みたいに小さくて、槙田の耳まで届けられなかった。  遠ざかっていく。遠ざかっていく。  それでも乾いた唇を、動かさずにはいられない。 「ごめん」 ――迷惑かけてごめん。  眼を閉じる。扉が閉まる。  外の眩しさとは裏腹に暗がりに包まれたこの部屋で、たった一人取り残されて、俺の意識は遠退いていく。 ――あと、 ――役立たずで、ごめん。  それまで眠れなかったのが嘘だったように、深く、深く、眠りに落ちた。
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