第10話

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 槙田はそれから二度ほど戻ってきて、俺を起こして水分を口に含ませ、プリンなんかを食べさせてくれた。  俺は従順に従い、だけどもう食べられないと思ったときだけ、顔を背けた。  そうして槙田が背を向けると、糸が切れたみたいに意識が途切れて、また、ぐっすりと眠った。  空に近いこの部屋が、夕焼けに橙に染まる頃も、闇に包まれる頃も――リハーサルがはじまる時間も、終わる時間も関係なく、俺はひたすら眠り続けた。  リハーサルを終えた槙田が帰ってきたのと同時に目覚め、お帰りなさいお疲れ様でしたは、と求められたのでそっくり反復し、また大人しくスポーツドリンクを飲まされた。  槙田は遅い夕飯にと、今度は梅のお粥を作ってくれた。けど、やっぱり最後までは食べられなかった。  ローテーブルに並べたパスタとオムライスとサンドイッチとカップのコーンスープという大量の食料を槙田が魔法みたいに消費していくのを、半ば夢の中にいるような心地で眺めて――そのうちにいつの間にか、意識を手放していた。  本番一日目の朝が来た。  と思ったら、もう昼過ぎだった。  時計を見たら、最初のステージが始まるまで、あと5分というところで。  時計の傍らに書き置きがあった。器用なあの男らしく酷く綺麗な字で、あの男らしい言葉が綴ってあった。  『まだだいぶ熱があるようなので、起こさずに行きます。  さくら先輩のことだから、這ってでも行くとか言い出すだろうなと思ったので。行ったところで心配かけるだけなのに、先輩は本当に盲目だから。  先輩が不在の分は、何とかフォローするって岩武さんが言ってくれてましたよ。だからあんたは大人しく寝ててください。間違っても出てきたりしないように。  いいですね。命令ですよ』  どこかから水が落ちてきて、ボールペンのインクが滲んだ。  ぼた、ぼた、と立て続けに落ち、槙田の言葉を湿らせていく。この唇から嗚咽が漏れ出してようやく、自分が泣いているのだと気付いた。  誰にも見られてなどいないのに、ベッドの上で膝を抱え、濡れた顔を腕に埋めた。唇を噛み締めて声を殺した。  槙田から借りた紺色のパジャマを、どんどん、どんどん、涙で黒く染め上げて――  先のことを考えた。  日陰の外に出た俺は、これからどうすればいいだろうと。  考えた末――  最後に一つだけ、俺に出来ることを見出した。
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