第10話

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 * * *  鍵を開ける音に、心臓が喉元まで跳ねた。  ばっくんばっくんと立て続けに高く跳ね上がる心臓を、うっかり吐き出してしまわぬよう唇を引き結ぶ。バスタオルで頭をごしごしやっていた手は、集合写真を撮る時のように腿の上で硬く握り込んだ。  扉が開き、閉まる音。靴を脱ぐ微かな音。そこからは静まり返る。  だがーーベッドの上から俺が消えていることに多少なりとも驚いたのだろう。足音が唐突に鮮明になり、刹那、部屋の主が視界に現れる。  俺の姿を捉えるなり、槙田は眼鏡の奥の双眸を細め、鋭く尖らせた視線で容赦なく突き刺してきた。 「あんた、何してるんですか」  詰問と言うのが相応しい口調。思わず俯いてしまいそうになるのを、手のひらに爪を食いこませて堪えた。  すう、と大きく息を吸い込む。喉が痛むのも構わず、しっかりと音を伴わせて、 「おかえり。あと……お疲れさま」  今日は、自分から告げた。  視線の鋭利さを僅かに緩め、槙田はわざとらしく溜め息を吐く。芝居がかった仕草で肩を竦めてみせるというオプション付きで。  そしてその場にボストンバックを下ろし、例のごとく、猫のように音もなく歩み寄ってきた。  間近から放たれる酷く冷淡な眼差しを、俺は殆ど睨んでいるも同然に、真っ向から受け止める。  と。おもむろに腕が伸びてきて、バスタオルを傍らに落とされる。  頬を撫でるようにして、濡れた髪を弄られた。 「シャワー、入ったんですね」  人差し指が右の耳朶の裏側をくすぐって――するる、と下へ。手のひらで俺の首筋を冷やしながら、まだ熱あるな、と、薄い唇で独りごつ。  槙田は、無人のベッドを振り返った。目映い照明に、喉仏のラインが自ずと輝いているように見える。 「汗を流したかったって気持ちは分かりますけど……書き置き、見たんでしょ」 「……見た」 「じゃあ言うまでもないですよね」  間髪いれずに言い放ち、再び――虫けらを見るのに等しい目で見下ろしてきた。 「さっさとベッドに戻ってください」 ーーくそ、  駄目だ。  絶対に逸らすまいと思っていたのに、どうしても目が泳いでしまう。
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