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「……槙、田」
名を呼ぶ声さえ据わらない。
触れられているから震えもバレてーー槙田は頭を揺らすように首をかしげた。
「何です。……ああ、またお姫様抱っこを御所望ですか?」
望んだことなんて一度もないのに、槙田は勝手にそう解釈し、分かりました、と事務的にさえ取れる声で続ける。そうして早速実行に移そうと、俺の腕を掴み、一切容赦のない力で引き寄せた。
「っ、ばか、違、」
たちまち腰が浮き上がり、
「……ぅ」
くら、とした。
身体を支えることが叶わず、勢いのまま前のめりになってーーぶつかる。受け止められる。
「……大丈夫ですか」
耳元で言われなくても、ちゃんと聴こえるのに。
密着していると熱いから、少し高い位置にある肩を支えに身体を離す。自分だけの力ではないが、自分の足でちゃんと立った。
右腕は繋がれたまま。俺たちの体温は、接合点からドロドロ混ざる。
「ほら、まだふらふらしてる」
「……てめえのせいだろ」
『お前が、無理矢理立たせるから』。
そうですね。そう言って槙田は笑った。長い睫毛を伏せ、口角を左右で同じだけ持ち上げた、シンメトリーな微笑。
俺は槙田の微笑みを、この時初めて「綺麗」だと思った。
「……なあ、」
槙田は僅かに眉を顰めて、いかにも怪訝そうな表情をする。
先程よりも近付いて、アーモンド型の目――黒よりも茶に近い瞳には、俺の姿が鮮明に映る。
睨むような目で見返してくる、猫よりも犬寄りの顔立ちの男はーー槙田が着替えにと置いていってくれた、灰色の寝間着を纏っていた。流石に、脱いで待っていることは出来なかったから。
「……その、な」
心臓の音は相変わらず喧しいし、やっぱり恥ずかしくて仕方がない。
槙田はどうしてあんなにもさらりと、恥ずかしいことを言えるんだろう。そうなりたい訳では断じてないが、今だけは一ミリくらいだけ羨ましい。
顔が熱い。内側から焼けてしまいそうに。
何とか、吐き出さなければ。
息を吸い込み、苦しくなるくらいの間を置いてから、
「たまって、……ねえか」
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