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槙田の目が見開かれた。
吸い込まれそうになって、俺は踵を僅かに浮かせる。辛うじて、踏み止まる。
頬を紅潮させ、震えながら、それでも眼だけはもう、瞬き以外微塵も動かさずに。
俺は言う。
槙田のもの――槙田の性欲処理機である俺が、果たさなければならないこと。
俺に出来る唯一のこと。
恋の終わりに、想うものの役に立てる、ただ一つのこと。
「俺、頑張って処理、するから、……こんなんでも良いなら、好きに、使」
その先は悲鳴に置き換わった。
「……こんなことくらいでビビってるような人が、何寝惚けたこと言ってるんです」
視界の大半は、天井の白。
何と言う早業なのか。俺の身体はあっという間に、槙田の腕の中に収まっていた。
岩武のも含めれば、昨日から数えて四度目だ。
人の目が無いだけまだマシだが、名前を呼ぶのはやはり恐ろしい抱き方で、槙田は俺を運搬する。
「ねえ先輩。今まで寝てたのは何のためです?」
状況を知らずに聴いてみれば、男を抱きかかえているなんて絶対に分からないくらい、揺らぎのない声。
槙田は教え諭すような口振りで、
「何としても明日までに動けるくらいには快復して……馬鹿みたいに献身してきた成果をその眼で確かめて、悦に浸るためじゃないんですか。無理して俺に抱かれて折角戻った体力消耗して、明日も寝込むようなことになったら何もかも台無しだ。そうでしょう?」
放心状態のままベッドに仰向けに下ろされた俺はーーしかし、はっと我を取り戻して起き上がった。
少々よろめきながらもベッドの端に膝をたて、槙田にずいと詰め寄り、
「け、けどなっ」
もはややけくそだ。全部さらけ出す。
「俺、ありえねえくらい役立たずで、なのにみんなにどうしようもねえ迷惑までかけた最低な野郎だから、」
「……はあ?」
「いい加減にしろよとも言われたし、もうあの場所にはいられねえけど、でも、それでも……その、好きだから、出来ることねえかなって考えて、考えたらせめてお前との約束は果たさねえとって思って、お前にもまじで埋まりたくなるくらい迷惑かけたしだからせめむぐっ」
「ああ、熱上がってるみたいですね」
肩を掴まえて後ろにも逃げられないようにしながら――普通は額に手を当てるところを、口を塞いで淡泊に言う。
むーむー言いながら引き剥がそうとしたが、両手対片手でも勝負にならない。
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