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「薄々気づいてはいましたけど、」
その気になれば西瓜だって潰せそうな怪物的膂力に物を言わせながら、呆れ果てましたという風に、槙田はそう溜め息を吐き、
「あんたが重症だってのは身に染みて分かりました。とりあえず頭冷やしましょう。氷嚢作ってきてあげますから」
ぱ、と離した。
そして、酸素不足でぜえはあしている俺に背を向け、キッチンに向かって歩き出す――
俺の看病を続けるために。
呼吸のペースが戻るのを、待ってなどいられない。
「っ……どうでも良いだろうが!!」
痛む喉を酷使して、遠ざかる背に噛み付いた。
槙田の足が止まる。振り返る。照明につやつや輝く黒髪が、さわ、と揺れる。
その表情にも、瞳にも、一切の色が無く――最早いっぱいいっぱいの状態だった俺も流石に怯み、口を閉ざした。
「何がどうでも良いんですか?」
室内の気温を3度は下げそうな、絶対零度の声音で問う。
「あんたのことだったら……どうでも良くないですって言いましたよね?」
4日前のことなら、何もかもちゃんと覚えている。
部室棟での出来事も。あの、静かな鈴の音色も。あの優しい抱擁も。らしくなく熱い手のひらの感触も。
「……俺は、お前のものだろ」
それでも俺は、なお食らい付く。
「俺の身体で、……性欲を、処理させるって約束したよな。俺は、そういうことされるためだけに、ここに呼ばれて、」
「だから何です」
「だから、……お前にとって俺は、た、ただの性欲処理機なんだから、……こっちの事情なんて気にする必要とか、ねえだろ。好きでも何でもねえって、お前言ってたし、だから」
「好きですよ」
吹き飛んだ。
控えていた一切の言葉が。
縋ろうと必死だった思いが。
「さくら先輩が好きです」
槙田は、繰り返す。
俺の姿を真っ直ぐ見つめ、淡々と――だが、俺がちゃんと飲み干せるように、ゆっくりと。
「だから看病したし、いま……抱きたくて仕方ないのも、堪えてるんでしょ」
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