第10話

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「あいつら……良い奴等過ぎだろ……」  鼻声でそう漏らすと、いつの間にか傍らに寄ってきていた槙田にーー脳天にチョップを叩き込まれた。 「あんた、本当に頭おかしいんじゃないですか」 「……ああ、まじでおかしくなりそうだ」  こいつが本気で暴力なんて振るった日には気絶どころじゃ済まされないだろうから、多少とも加減はしたんだろう。  それでも凄い威力だ、頭痛がひどい。内側からも外側からもズキズキ痛む。 「考え方を改めるのなんて、今すぐは無理だろうけど」  相変わらずぐすぐす言いながら、半ば恨みがましく槙田を見上げた。 「自分のことで精一杯になると周り見えなくなるとこは、ちゃんと自覚して、自制するようにした方がいいんじゃないですか」  言い返す言葉もなくて、唇を細く噛み締める。  槙田は、ふ、と口許を緩め、俺を見下ろす目を悪戯っぽく細めた。 「さっきだって。人にとんでもない悪態口走ったの、気付いてないでしょ?」 「……悪態?」  と。  俺が目をしばたたかせると、槙田はベッドに片膝をついて、 「一方通行だって分かってて、それでも思い続けるのは馬鹿……なんでしょう」  槙田の匂い。いつもの香水の。 「なら、俺も馬鹿だ」  こうやって抱き締められることがなくなれば、きっともう、嗅ぐことのない匂い。  槙田は手が冷たいだけじゃなくて、体温もけっこう低い。今だったらきっと、3度ばかりの差があるんだろう。  でも、しっかり抱き締められると、槙田は俺の体温で温くなる。  俺の身体は冷めたりしない。もっともっと熱くなるから。 「槙田」  ぽつりと、俺はそれだけ溢した。  ベッドから見るこの部屋は、他のどこから見るより殺風景に映る。  目映すぎる照明も、薄すぎるテレビも、大きすぎるローテーブルも、ソファもキッチンもクロゼットもーー生活に必要なものは全部揃っているのに、どうしてかこの部屋は空虚なんだ。  それは、そう。  だだっ広いせいでは、きっとない。 「もう、抱けなんて言いませんよね」  槙田の声が耳許をくすぐる。  低く、艶やかな鈴の音。ぞわ、とするくらいに優しい音色。  頷いたらどうするんだ。そう思った。  お休みなさい。それでお仕舞いか。  槙田は俺の返事を待たない。 「寝てください。明日のために」  明日を終えたら、俺はもう、お前のものじゃなくなるのに。
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