第10話

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 眠れと言ったくせに、槙田は俺を横たえようとしない。  優しく、それでいて確かな力で閉じ込められ、俺はーー手を離しても、抱く力をきつくしても壊れてしまう、酷く脆いもののよう。  互いの体温はすっかり均されて、今はもうぬくぬくと気持ちが良い。  宥めるように背を撫でられているうちに、泣き疲れたせいか、次第に目蓋が重くなってきた。  微睡みに頭が揺れる。おねむみたいですね、と囁かれてーー年上を子供扱いしてんじゃねえ、と言い返しはしたものの、心地好さの方が勝っていた。  ただ、明かりが煌々と、眩しい。 「……ねえ、さくら先輩」  避難だ。槙田の肩に額を乗せる。 「最後の命令、聞いてもらえます?」  鼓動はとくとくと穏やかなまま。額を擦らせるようにして、頷いた。  と。槙田は僅かに身を引いた。  温もりからも丁度良い陰からも逃げられて、俺は逆光に翳ったその顔を見詰める。  槙田は瞳を隠すように長い睫毛を伏して、俺の脇腹に左手を添えた。そうして利き手だけで器用に、パジャマのボタンを外していく。 ーーなんだ。  開いた胸元から、秋のように冷涼な空気が入り込んできた。 ーーやっぱり、やんのか。  眠気にとろんとした眼で、槙田の白い首筋を呆け見る。  胸の辺りまではだけさせたところで、冷気を纏った手は左襟を掴んだ。元々サイズがあっていないから、容易く寛げられてーー貧相な肩が露になる。  指先が、首筋からつつ、と滑り落ち、 「痕を残させてください」  さらけ出された真ん中で止まった。 「ここに、俺のものだって証を」  俺は鈍い瞬きをして、 「……一生、残んのか」  彼は、まさか、と微笑んだ。 「本番を終える頃には、」  『ちゃんと、消えてますよ』。  最後の口付けが降る。  俺の唇は結ばれたまま。  槙田の唇が、儚い痕を残すのを待つ。 ーー消えてしまうなら、要らない。  目を閉じる。滲む視界を絶つ。  繋がった場所だけでいい。視覚も嗅覚も聴覚もーー今このときだけは境を失って、ただ一つの点に注がれてくれたなら。 ーーもう、手遅れなくらい、残ってる。  心の深いところ。  暗い色をした奥深く。  新雪の上の足跡みたいに、  槙田の痕が残っている。
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