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膝上で握り込んだ手を睨むようにして俯く彼に、ゆっくりと歩み寄った。
「あんた、真性のドMだな」
彼は弾かれたように顔を上げ、
「ちが、」
喘ぐような否定の声は、頬に手を掛けた途端に消えた。
ああ。この熱に触れたかった。
だが、とても足りない。
震える唇に激しく口付け、首筋に噛み付き、鎖骨のラインを舌で辿り、昂り尖ったものを、嫌だと泣き喚くまでなぶって――
きっと、それでもまだ足りない。
「違いませんよね?」
圧し殺そうとしても、どうしようもなく漏れ出す。
もはや鎖は解けている。優しくしてやらないと、簡単に逃げられてしまうのに。
「あれだけ虐められて、十分過ぎるほど痛い目見て……なのに俺を引き留めるような真似するなんて、ドM以外の何物でもないでしょう?」
止まらない。
「分かってますよ。もっと酷いことされたかったんですよね、」
止まらない。
「この……淫乱」
「ぐ」
あ、と思った。
心も身体も病み上がりの彼には、少々どころじゃなく堪えたらしい。
「……さくら先輩」
まるで子犬だ。眼をうるうるさせて、ぶるぶる震えて。
「別に、引き留めたくなんかねえよ……」
「……ああ、はい。清々するって言ってましたもんね」
「今のは、岩武がって話だろ……!」
「仰る通りです」
「い、……淫乱なんかじゃ……」
「訂正します。先輩は馬鹿で一途で健気で純情可憐で、やたらといじらしい20歳男性です」
「っ、もーいい、とっとと戻れ馬鹿野郎が!!」
流石に今のは喉へのダメージが大きかったのか、けほけほと咳き込む。
屈み込んだその背を、そっと撫でた。
咳が収まっても、彼は蹲っていた。大人しく愛でられていてくれるのは良いが、表情が見えないのが惜しい。
「……分かってますよ。先輩は、俺のことどうでもいいんですよね」
小さくなったまま、こくりと頷く。
「俺がいなくなっても平気……むしろ、いない方が嬉しいんでしょ」
こくりと、また頷く。
「俺を引き留めるのは、岩武さんの才能にとって有用だから。ただそれだけの理由」
それだけで、十分だ。
彼に求められるのなら。彼が望んだ上で――この身体の渇きを潤せるのなら。
彼はこくりと――頷かない。
さくら先輩、と囁いて促すと、
「……心臓、」
辛うじて聞き取れるくらいの、か細い声で呟いた。
「痛くて、……破裂しそう、だったから」
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