最終話

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 目眩に似た感覚を覚えた。  なるほどな、と額を支える。  蹲ったその格好は、自分の身を守るためかと。  ふー、と長い息を吐き、熱されて弾けそうになった理性を何とか押し止めーー  られなかった。   「……先輩。スタッフの方が用事みたいですよ」  がば、と顔色を無くして起き上がったところを、思い切り抱き締めた。  数瞬硬直したのち、わたわたと暴れ出す。 「てめえっ、謀りやがったな……!?」 ーー可愛い。  込み上げてくる笑い。  この先へ、もっと先へと、ひた向かい奔流をつくる欲望。 ーーヤバい。 ーー抱きたい。今すぐに。  我慢して、我慢して、我慢するのに必死でーーそんな状態の俺にさえ、非力な先輩は敵わない。  やがて抵抗を諦めて、でも、身体はふるふるとブレたまま。  ようやく二つの波が引いたところで、その震える後ろ頭を撫でた。  さら、とした髪の感触を堪能しつつ、 「……けど、困ったな」  吐息交じりの声で、愛撫。  どこもかしこも敏感なこの人は、ぶる、と一際大きく震える。堪えきれずくく、と喉を鳴らした。 「俺、やっぱり演劇なんて興味ないです」  腕の中で強張る、繊細な身体。 「サークルに入るとなれば、今と比べ物にならないくらい、色々と面倒でしょうし。……だから、」  俺は声を低めて、 「……ここから先は、言わなくても分かりますよね?」  する、と解放し、微笑んで見せた。  彼はちら、と一瞬だけ、上目遣いに視線を交わらせてきた。落ち着かなさげにもぞと動きながら、その表情には、迷いと――紛うことなき期待を孕んでいる。  タイムリミットは間近。 「終演後に、楽屋で待っていてください」  楽屋、と音もなく繰り返す薄い唇に、自ずと眼が惹き付けられた。 「最後に出て行くようにしますから……先輩が変わらず条件を呑むと決めたなら、その時は大人しく、」  『キス、させてください』。
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