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背後で、豪快に音をたてて扉が開く。
サキ、と無神経なボリュームで名を呼ぶ声。
「あれ? 槙田くんもここだったのか?」
――今日は、いいタイミングだったな。
扉の向こう側からは物音一つしない。客席にいる全員が、俺達のやり取りに意識を向けているーーそんな気配。
「すみません、勝手に抜け出しちゃって。先輩の様子が気になったものですから」
肩越しに弁解しつつ、視線では彼を捉えたまま。
彼は目に見えて狼狽しながらも、再び、男性用マスクに顔の殆どを埋もれさせた。
良い子だ。それ以上可愛い表情を晒したら、発情を通り越して押し倒されかねない。
「そうか……まあ、大丈夫だ。もう発声練習だから、」
「ええ。行きます」
相変わらず振り向きもせず返す。
と、演出家様は、客席の面々に聞かせるような大声で、
「演出命令だ。咲良も来い!」
予想していた通りの台詞を吐いた。
「え、……や、俺、でも、咳、」
彼が拒否しようとするのも予想通り。
俺は肩を竦める。
ゴリラに浚われては堪ったものじゃないからーー歩み寄られるその前に、腕を掴んで立ち上がらせた。
何気無いそぶりで顔を寄せ、
「さっきの、忘れないで下さいね」
耳元で囁く。
力が抜けて、引き摺りやすかった。
そうして日向まで連れていく。
彼の場所まで、連れていく。
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