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* * *
拍手の雨を二度浴びた舞台は、一昨日組まれたものとは思えないような、熟成された空気を醸していた。
いつもなら歓喜一色に染め上げられるこの場所でーー今は、胸中に吹き荒れる感情の嵐を鎮めようと息を吐く。
それでも口を突いて出たのは、
「ぶっ倒れて、心配かけて、ごめん」
謝罪の言葉。
迷惑掛けてごめん。自分のことばっかりでごめん。気遣わせてごめん。役立たずでごめんーー
本当は土下座したって足りない。百回伝えたって足りない。
だが、一言で止める。今求められているのは、罪悪感で舞台を汚すことじゃないから。
春の陽光を集めて照らしたように眩しい舞台上に、灯火に照らされても仄暗い客席に、散らばった面々の顔を見回す。
誰もが神妙な面持ちでこちらを見詰めていてーーたった一人、孤独にスポットを浴びているみたいな。
ーー大丈夫。
もう信じないと言われたばかりの呪文を、喉の奥で呟いた。
マスクは顎の下。表情は隠せないし、隠すつもりもない。
口の端を、に、とつり上げて見せる。
「千秋楽だからな」
咳をこぼさないよう、しかし可能な限りの音量で。いつも通りの鋭さを帯びるよう張った声は、相反するもの同士が奇妙に調和した空間に、微かにだが反響する。
「あとは、思いっきり楽しむだけだと思う。お前らの作ってきたものは最高だから、……昨日の、お客さんの反応で実感できただろ?」
もう、みんな表情が緩んでいる。
視界の端で誰かが頷く。今日も頭がふわふわの泰一が、眼をキラキラと輝かせている。
「けど、」
ここで止めたら、らしくない。
ぶっ倒れた役立たずの分際で、図々しいにも程があるがーー
俺は、一際声を鋭く研いで、
「分かってるとは思うけど、ふざけろって意味ではねえからな。役者もスタッフも……手ぇ抜いてたら承知しねえぞ」
はい、と威勢の良い返事が返る。
サキちゃーん、と設営部の同期の叫び声が浮き出た。サキって呼ぶな、と返すと、今度は結城が叫んで、それにつられるようにまた誰かが叫んでーー
収拾がつかなくなったので、岩武に目配せ。自慢の馬鹿デカい声で止めてもらった。
浮き立った空気を引き締めるように、岩武の気合い入れの声が掛かる。
呼応し、一斉に声が上がった。熱い音の塊が、小屋全体を震わせる。
本番2日目。60日間の集大成。
俺は、ちゃんと、劇場にいる。
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