最終話

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 開演30分前になり、劇場の入口が解放される。  いらっしゃいませ、の声が響く。  受付が始まった。  俺の代わりにロビーを仕切ってくれているのは、受付説明会のアシスタントをつとめてくれた、宣伝部の2年女子。  まだ毛繕い宜しく撫で回されてた時に、彼女は惚れ惚れするような美髪をさらと靡かせ近付いてきて、鬱陶しいゴリラを追い払ってくれた。  今日の人員配置の変更、つまりは俺の穴埋めについて話すためだ。  俺が担う予定だったのは、場内でのお客さんの誘導係で、こんな状況ではとても無理。  だからと言って演出命令に従い、問題処理に備えてひたすらじっとしている、なんて邪魔なこと極まりない。  相談の末、クロークの荷物整理係に移してもらった。  チケットの販売状況を見る限り――最後のステージと言うこともあって、客数は許容ギリギリになりそうだ。だが夏場はお客さんの荷物が少ないから、雨が降らない限り重労働にはならない。  場内の人員には接客に慣れている2年を付け、それに伴い微調整をした。  多忙確実な役回りを他の人に押し付けるなんて平謝りするほか無いが――困ったことあれば先輩に指示仰ぎに飛んで来ますんで大丈夫ですー、と、交替を告げられた2年女子は笑ってくれた。優しくて泣きそうになった。  そんな数々の配慮の結果として、俺は今、ロビーから見えない位置で頭を抱えて蹲っている。  ごうごうと渦巻く激情に翻弄され、あっぷあっぷしている真っ最中だ。  ひっきりなしに聞こえてくる接客の声に、 ――どうしようすげー忙しそう、  と自己嫌悪に暮れる。  腕時計で時刻を確認し、 ――どうしようあと20分で始まる、  と鼓動を高鳴らせる。  そして本番のことに頭を巡らせると、必然的にその後にも考えが及んでしまうわけで、 ――どうしよう、  余計心臓がばくばく言い出す。   ――まじで、槙田、どうしよう……!!  うー、と唸りたくなるのを辛くも堪えながら、俺は自分の先の言動を呪う。  正確に言えば、槙田じゃない。どうにかした方がいいのは自分の方だ。  どうしてあんな気持ちになってしまったのか、全く以て分からない。
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