最終話

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 この2週間の苦痛と苦悩は、すべて俺自身が招いたもの。  槙田には一切責任が無い。奴は条件を提示しただけーーそして、こちらがそれを受け入れたから、取決めに則って好き勝手しただけだ。  だがその事実は、俺が槙田に対して悪感情を抱いてはならない、ということを意味するわけでは勿論なく。  つまるところ、俺は槙田が大嫌いだ。  大嫌いで、然るべきだ。  だってあのド変態は、そのド変態性に物を言わせて散々やらしい行為を強制してきた。  人の話は聞かないくせに自分の戯れ言には無理矢理付き合わせてきたし、10センチほど背が高いのを良いことに優越感の滲んだ目で見下ろしてきたし、ニヤニヤと人を馬鹿にするにも程がある表情で眺め回してきたりもした。  度重なるふざけた真似を経て、好感度は最早マイナス域に達している。ゼロまでも遥かな距離があるくらいだ。  だから槙田に対する気持ちが熱を帯びることなんて、絶対にあり得ない。  もう二度と顔を合わせたくないし、解放されると思えば清々しい気持ちで――  一杯になるはずの胸が、痛み出した。  火で淡く炙られているみたいに、チリチリと。 ーーきっと、  メイクに呼ばれた槙田が、傍らから遠ざかってーーその背中が消えたのを見届けたときに、ぽ、と火はともった。 ――こんなふうに、あっさりいなくなるんだろうな。  そう。終演を迎えたらきっと、余韻などまるで残さない。  優男の仮面を被って、涼やかな声でさよならと告げて。これまで俺の前で見せてきた表情こそが、実はまやかしだったのだと嘲笑うようにして。 ーー別に、いいか。 ーー無かったことにされても。  舞台に上がる準備を整えて戻ってくると、槙田は少し離れたところで壁に凭れ――時折同学年の奴と談笑したりしながらも、多分ずっと、俺を眺めていた。  自意識過剰ではなかった、はず。ちらと見やれば必ず目が合ったから。  こっち見んな、と視線を尖らせてもみたけど、槙田は俺の意思の8割は無視する。 ――『全部悪夢でした』。 ――むしろ、その方がいい。  きっと心の在処は、胸の左側ではないんだろう。心の底からそう思うのと裏腹に、心臓は少しずつ痛みを増したから。  痛みに呼応するように、肩の一点が熱を放つ。  昨夜聴いた鈴の音が、気を抜けば脳を蝕んでいく。
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