第1話

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 びきっ。と。すぐ耳元で聞こえた気がした。 「……おい、岩武」  辛うじて腿の脇に留めている両の手を、しかし震えるほど固く握り締める。 「……それがどういうことだか……わかってるよな……」 「わかってる。けどもうアキとも話したし、あいつ自身無理ですって何度も言ってきてたし」  黒々トゲトゲとした頭をかきながら、舌を出しそうに軽い調子で奴は言う。 「それに俺自身、最初から違うって思ってたって言うかさあ」  ぶちっ。と。すぐ耳元で聞こえーー  怒りのままに咆哮する。 「信次郎てめえ、何で今更んなこと言いやがんだ、この脳筋が!!」 「まあまあ、落ち着けよ咲良」 「うるせー何が落ち着けだてめえが落ち着け!本番まであと2週間しかねーんだぞ、自分がどんだけのこと言ってるかきちんと考え直してこい!」  土壇場でキャストを変える影響1。パンフレットのデータを直さなければいけないから、必然的にその印刷が遅れる。  影響2。サークル内にはもう相応しい奴がいない、ということは岩武の言うように外部の人間を頼ることになり、そんなことは前代未聞。くわえて探すのに時間が掛かる。  影響3。スガ役は歌手役でありメインは歌、とはいえ多少なりとも台詞がある。外部の、もしも歌が上手い演技の素人に頼むことにした場合、発声から何までを叩き込むことになり、それにもかなりの時間が掛かる。  影響4。候補を探す役割をーー主として付き合いのある劇団やら軽音サークルやらに掛け合ってだろうがーー担うのは俺で、俺の仕事と心労が増す。  血の昇った頭でざっと考えただけでも、それだけの影響が出ることがわかる。にもかかわらずだ。 「仕方ないだろ、脚本のためだ」  そう笑うこの悪友は何を考えているのか。果たして、何も考えてはいないのか。 「くそムカつくへらへらしてんじゃねー、仕方なくねーだろ、出来る脚本をてめえのこだわりのせいで出来なくしてんだろが!」 「咲良、」 「ああ!?」 「お前にもみんなにも迷惑かけて悪いけど、今のままじゃ駄目だって思った俺の判断を信じてくれよ」
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