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「ほっ」
カードが消えた先から声が上がり、ザザッと道路脇の茂みが動いた。
ひょっこりと、白い頭髪が四方八方にふわふわと生え伸びる老人が姿を現す。
見事な隠れ身。ウォーカーは、自分の迂闊さに心の中で舌打ちをする。
ジョーカーが行動するまで、老人の存在に気付けなかったのだ。
右手に投げ付けられたカードを持ち、柔和な笑みを浮かべているが油断など出来ない。その肩に、昨日の化け烏が止まっている。
二対の翼に四本の脚。そして、ハシボソガラスとハシブトガラスの首。
烏は大人しく老人の肩に乗ったまま二人を見ている。
白髪の老人が、にっこりと口元を更なる笑いの形に歪めた。
同時に、右手が素早く振り抜かれる。
パシッ。
手にしたカードで、投げ返されたカードをジョーカーが叩き落としていた。
「なかなか、勘の鋭い輩よの」
落ち着いた声と、ゆったりと聞く人を引き込む口調。
ウォーカーとジョーカーは、ふと同じ人物を思い出していた。
組合への窓口になる受付嬢、広末さん。彼女の様に落ち着いて穏やかな物腰は、それだけで人を惹き付ける。しかし目の前の人物には、それと同じだけ禍々しさが有る。
何より肩に、異形の烏を乗せているのだから。
「じいさん、何で甲斐家を呪っているんだよ」
「さあての。聞かれて答える阿呆はおらんよ。それに否とも応とも答え様が、疑いは晴らせまい?」
柔和で有りながら邪悪。こうした人物を、狡猾と言うのだろうか。
「ほれ。烏共が、おいでましましたぞ」
柔和な表情のまま、ニコニコと声を掛ける。
羽ばたきの音が、確かに二人の耳にも届いていた。
振り向けば、すでに下降の体勢に入った烏共が視界に映る。
「くっそ」
老人を気にしながらも、二人は左右に身を翻し次々と襲い来る巨大な烏の爪や嘴を避けた。
羽ばたきと言うには生易しい。暴風と言うべき勢いの風が巻き起こる。
風は木々の葉も、道路上の塵屑も一緒くたに吹き上げ、二人の視界を遮った。
だが烏の全ての攻撃はかわされ、獲物に一撃も与えられないまま次々と空へ舞い戻って行く。
中で一羽だけ、それも最大クラスの烏が老人とウォーカー達の間に降り立ち陣取る。
朧な燐光が、濡羽色の身を包んでいた。恨めし気な人の顔が、燐光の中にゆらりと立ち現れては二人を睨む。悪意がそこに形を成していた。
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