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祭が応接間に飛び込むと、先ずヒーラーが四郎児に手をかざしている光景が目に入った。
車椅子に座る彼の規則的な呼吸に乱れは無く、隣で須藤が抱える蒼子夫人も瞼を閉じて同じ様に呼吸を繰り返す。
「何が有った」
「睡眠薬だろうよ。二人とも、和森に出された珈琲を飲んだのだろう」
そう告げた須藤の拳が、いきなり祭に向かって振り抜かれる。
飛び退かれた場所で、怨霊が拳を食らって仰け反っていた。すかさず祭が影から狐を呼び出し飛び込ませる。
人を恐怖させる表情をしていた怨霊は、穏やかな表情となり光の粒子となって消えた。が、その頃には祭が正座をして床に額を擦り付けていた。
「すまん。瑞穂ちゃんに怨霊が憑けられた。言う事を聞いてくれ」
「ヒーラーから聞いている。監視は今の一体だけか」
拳に握り込んだ数珠を、ジーンズのポケットに戻しながら須藤は冷ややかに言う。
そうですと答える代りに、土下座の姿勢で挙手した手を振る祭。
盛大な溜め息を吐き、須藤はソファーの上に未だ抱えていた蒼子夫人をそっと横たえた。
そして一度ヒーラーへ目配せしてから言葉を紡ぐ。
「和森が黒幕だってな。要求は何だ」
「アトリエに四郎児さんと蒼子さんを運んで来いと。蒼子さんの躰を形代に、碧さんを蘇らせるつもりでいる」
「何だ、奴は前の奥さんに横恋慕していたのか」
立ち上がった祭が、四郎児、蒼子と順番に眺めつつぼやく。
「……あいつ薬を盛ってたからかよ、運んで来いってのは。で、須藤ちゃんは何で平気なの。珈琲、飲み干して無かった」
「お前が席を外した際に窓の外に捨てたよ。俺にはこいつが有るからな。妙な光が見えた」
自らの眼を指差す須藤に、今度は祭が溜め息を吐く。
「全く、便利だね」
「便利ついでに教えてやるが、アトリエに獅子雄が入った。加護と争う気配が全く無い所を見るとグルだな。それともう一つ、僅かだが屋敷を包むオーラの色が変わった」
最後に付け加えられた言葉に、祭が眉根を寄せる。
「どっちに出そうなの」
「吉とも凶とも言えん。絵に何かしたと予想は出来るが、それが良い事とは言えんだろう」
アトリエの方角を見やり、再び須藤が小さく溜め息を吐いた。
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