2/10
71人が本棚に入れています
本棚に追加
/146ページ
祭が応接間に飛び込むと、先ずヒーラーが四郎児に手をかざしている光景が目に入った。 車椅子に座る彼の規則的な呼吸に乱れは無く、隣で須藤が抱える蒼子夫人も瞼を閉じて同じ様に呼吸を繰り返す。 「何が有った」 「睡眠薬だろうよ。二人とも、和森に出された珈琲を飲んだのだろう」 そう告げた須藤の拳が、いきなり祭に向かって振り抜かれる。 飛び退かれた場所で、怨霊が拳を食らって仰け反っていた。すかさず祭が影から狐を呼び出し飛び込ませる。 人を恐怖させる表情をしていた怨霊は、穏やかな表情となり光の粒子となって消えた。が、その頃には祭が正座をして床に額を擦り付けていた。 「すまん。瑞穂ちゃんに怨霊が憑けられた。言う事を聞いてくれ」 「ヒーラーから聞いている。監視は今の一体だけか」 拳に握り込んだ数珠を、ジーンズのポケットに戻しながら須藤は冷ややかに言う。 そうですと答える代りに、土下座の姿勢で挙手した手を振る祭。 盛大な溜め息を吐き、須藤はソファーの上に未だ抱えていた蒼子夫人をそっと横たえた。 そして一度ヒーラーへ目配せしてから言葉を紡ぐ。 「和森が黒幕だってな。要求は何だ」 「アトリエに四郎児さんと蒼子さんを運んで来いと。蒼子さんの躰を形代に、碧さんを蘇らせるつもりでいる」 「何だ、奴は前の奥さんに横恋慕していたのか」 立ち上がった祭が、四郎児、蒼子と順番に眺めつつぼやく。 「……あいつ薬を盛ってたからかよ、運んで来いってのは。で、須藤ちゃんは何で平気なの。珈琲、飲み干して無かった」 「お前が席を外した際に窓の外に捨てたよ。俺にはこいつが有るからな。妙な光が見えた」 自らの眼を指差す須藤に、今度は祭が溜め息を吐く。 「全く、便利だね」 「便利ついでに教えてやるが、アトリエに獅子雄が入った。加護と争う気配が全く無い所を見るとグルだな。それともう一つ、僅かだが屋敷を包むオーラの色が変わった」 最後に付け加えられた言葉に、祭が眉根を寄せる。 「どっちに出そうなの」 「吉とも凶とも言えん。絵に何かしたと予想は出来るが、それが良い事とは言えんだろう」 アトリエの方角を見やり、再び須藤が小さく溜め息を吐いた。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!