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アトリエに残った加護さんは、俺が顔を向けると質問より先に回答を舌に乗せた。
「甲斐家を裏切るつもりは有りませんよ。獅子雄殿とは旧知の仲でしてな」
「みたいだね。もう、こそこそしない?」
「こそこそしていたのは和森殿でしょう。どうやら、おおっぴらに動き出した様子ですな」
嫌味に嫌味を返しつつ、左腕を少し曲げて作務衣の袖に隠す。
ふうん、俺の意見を聞いてくれるんだ。
それから、部屋の中央に鎮座する絵を見た。
「偽物で良ければ、符を張り付けますかな」
正直、自分の術が破れたんだ。和森だって絵を見ずとも分かるんじゃないか。
だが首を傾げさせる位の隙は作ってくれるだろう。
用意は周到に張り巡らしとくべき何だろうが、この人達には打ち合わせは無意味かね。
どう考えたって、各々が勝手に動いてしまう光景しか想像出来ない。
まあ、和森を一緒にいじめる約束はしたんだ。それで良しとしよう。
「では、これから顎で使われて来ますよ」
ヒラヒラと右手を振って、俺もアトリエを後にした。
屋敷に戻れば、驚いた事に甲斐さん夫婦が色を失った顔で応接間に控えている。
睡眠薬で眠っていた筈だよな。
「薬の作用が切れたの?」
沈黙の中、須藤に囁くとヒーラーを小さく指差す。
「彼女が手かざしで取り去った」
浄化の方のヒーラーかと思っていたんだが、そっち方面か。
何か言いたそうにしているが、視線だけで何も言うなと伝える。
「話は付けた」
なら、愛娘の危機は聞いている。蒼白な顔をさせてしまって申し訳ないが、今は和森の要求を飲むしかない。素直に心から謝った。
「すみません。俺のヘマです」
「本当に和森君が、今までの怪異を引き起こしていたのですか。彼とはずっと一緒に過ごして来たのです。にわかには信じられません」
やはり闖入者に近い俺の話は信用ならないか。だとしても、こちらは魂だけとなって尚、家族の身を案じて現れた碧さんの話は気易く口に乗せれない。
それこそ、詐欺みたいじゃないか。
貴方の一人目の奥さんから話を窺って来ました、何てな。
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