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釘が飛来した先を見れば、木に寄りかかった火縄が血に汚れた姿のままで微笑む。
凄絶な微笑みだった。
鮮血を滴らせ、スローモーションにゆっくりと崩れ落ちて行く。
表情には、一矢報いた満足が浮かぶ。
今度は遅れを取るまいと、俺は落ちた手の上に自らの影を重ね縫い付ける。
手を奪い取れぬと判断したか、化け烏はそのまま空へと逃げ帰った。
ヤタイチと共に、獅子雄も身を翻し姿をくらます。
「四郎児さん」
異形の烏と、篷髪の老人が消えた先を見る四郎児さんに拾い上げた手を渡す。
「荼毘に服してやると良いよ」
「はい。有り難うございます」
ヒーラーの結界の中、手を受け取った四郎児さんは、今度は視線をカンバスへと向けた。
その絵にはもう生々しい命の息吹きは無い。
だが例え様もなく、幸せそうに見つめ合う恋人の姿が有った。
ちょっとした運命の狂いで、この世では結ばれなかった二人の姿が。
その絵を見詰め、四郎児さんは小さく声を出している。
多分、有り難うとか言っているんだろうな。
「妖魅、ね」
四郎児さん親子から離れ、俺は最も気になった一言を漏らした人物、加護の側にさりげなく立って呟いた。
加護さんが、横目でこちらを見る。
「聞かれましたかな?」
「うん」
揃って視線をカンバスに戻しながら続ける。
絵の色は、最初に見た沼沢池の様によどんでぬめる濃い緑とは違う。
男は青をベースに、女は緑で描かれているが、色彩はどちらも淡い。
儚く空気に溶けそうな程で、それこそ春風を擬人化して描いたみたいだ。
「それは何?」
「化生のモノには変わりありませんな。ですが、憑く喪神の様に歳経て生じるモノとは違い、僅かな時を経るだけでも生じるモノですよ」
「絵が、それになると知っていて来たの」
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