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「ほほっ、お主等組合の連中は手強いからの。ここらで消えてしまえ」
翼長七メートルを越える、巨大烏の陰から老人の声がする。
直ぐに身を翻して去るのが分かっても、巨大烏に行く手を阻まれた二人は追う事が出来ない。
隙を狙って襲い来る、烏共から身を避けながらでは尚更だ。
「ジジイ、逃げんなっ」
叫んだ所で相手が立ち止まる筈もないのだが、ウォーカーの口からは罵詈雑言が続けて飛び出していた。蒼子夫人の前で、必死に敬語を扱っていた人物とは思えない。
「老いぼれが死者を何だと思ってんだ。老い先短いんだから、むしろ敬えよ。仲間になった時に地獄を見ずに済むぜ」
その声を掻き消す勢いで、濡羽色の翼が風を切る音が辺りに響く。
ガア、カア。
楽し気に鳴き交わす、双頭の烏の声が微かに聞こえていた。
「ちょいっと失礼。トイレな」
一通りの話をし終えた祭は、一人応接間を出る。トイレ等と須藤には告げていたが、その足は二階へと向かう。祭としては、二日前に余り見られなかった屋敷内の探索をしたい。
階段を登りきった先で、埃を払う為のはたきとバケツに雑巾を手にする蒼子を目にした。
気軽な調子で声を掛け、その隣にさり気げなく寄り付く。
「あれ、奥さん何しているんで?」
「掃除ですよ。お手伝いさんが皆さん辞められてしまったので」
成る程、言われて見れば屋敷内の掃除は行き届いていないと分かる。余り人目に触れない部分などは、うっすらと埃が積もっていた。
余りの怪異続きに恐れをなし、雇っていた人達が和森を除いて全て辞めてしまっていたのだ。
直ぐに内情を察した祭が、蒼子の手から雑巾を取り上げる。
「俺の方が丈が有りますからね、高い所はやりましょうか」
「でも、片腕では差し支え有りませんか」
「まあ、洗って渡してくれれば良いでしょ。こちらとしては、むしろ一人でふらふらされている方が怖いですからね。警護の傍ら、手伝わせて貰いますよ」
「すみません」
「謝るんじゃなくて、有り難うって言って下さい。お互いその方が気楽でしょ」
「ふふ、そうですね。有り難うございます」
蒼子は、茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せる祭の言葉に微笑み、御礼の言葉を返した。
正直、彼女としても怪異の続く屋敷の中で、一人で行動するには不安があったのだ。今は組合の術者が結界を張ったから大丈夫だと言われているが、それでも不安は残る。
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