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だが、それは責めるべき事柄ではないだろう。
「蒼子」
車椅子に乗った四郎児が寝室より現れた。後ろに付いて出て来た火縄の顔や手に、絆創膏が幾つか貼られているのは昨日の烏の襲撃で怪我したからだ。
「あなた」
夫に駆け寄ろうとして、蒼子は手にした掃除道具を何処に置こうかと少しばかり思案した。
それらを横から、ひょいっと祭に取り上げられる。ちょっと驚いたものの、茶目っ気たっぷりな目を見上げて直ぐに気付く。先程、有り難うと言って下さいと伝えられたばかりだ。蒼子は軽く会釈する事で感謝の意を示してから、足早に夫に近付いた。
「どうなさいました」
「皆さんを応接間に集めて欲しい。埋まっている屋敷の設計図らしき物が出て来たのでね」
車椅子に座る四郎児は、離れた場所に立つ祭を見てバツの悪そうな表情をする。
今朝方のやり取りで、自分が嘘を吐いていたと露見し居心地が悪いのだ。
「申し訳有りません。嘘を吐いてしまって」
「いえ、俺も知り合いを庇う為になら同じ嘘を吐くと思います。これから俺達に隠し事をしなければ、それで良いです」
重ねての謝罪に祭は屈託なく笑い返し、四郎も小さな笑みを顔に浮かべた。
掃除道具を足元に置くと、祭は四郎児の側へゆっくりと歩み寄る。そして完全に仕事用の、非常に真面目くさった物腰と語り口調で穏やかに話す。
「こちらこそ、随分と口汚く罵ってしまい申し訳有りません」
「怒らせる原因を作ったのはこちらです。隠し事をしたまま、上手く事が収まれば良いと考えていた私が甘かったのです」
四郎児が重ねる謝罪の言葉に祭は何も言わない。ただ微笑む。
後ろに回り、さりげなく火縄を押し退け車椅子を右手で支えると、階段横に設置されたスロープを降り始める。
途中で、思い出した様に一つ質問をした。
「絵を燃やしたそうで。それもトリックが有るんじゃないです」
「はは、そちらも見破られていましたか。その通りですよ」
悪戯がばれた子供の様な表情を見せ、四郎児は種明かしする。
「焼いたのは、残っていた模写です。本物を燃やすのは忍びなくて。しかし、妻が倒れるとまでは考えていませんでした。……蒼子、悪い事をしたね」
彼が妻を振り返り謝罪を述べると、蒼子は無言で左手を夫の額に置いた。四郎児は払い除けようともしないで、妻の次の行動を待っている。自然と祭や火縄の足も止まり、スロープの途中で四人は立ち止まった。
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