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スッと蒼子夫人の右腕が上げられ、パチンと自らの左手の上から夫の額を叩く。
まるっきり、子供を叱るやり方だった。
「今度そんな事をしたら、ただじゃ済ましませんよ」
怒ってはいる。だが今、腹を立てているのではないと分かるやり方だった。
蒼子の目尻に浮かぶ涙を、四郎児はそっと拭い再び話し出す。
それを合図の様に、祭が車椅子を押し始めた。
「以前からこの屋敷に客を泊めると、金縛りに遭う人が居ましたので怪異もさほど気にしていなかったのです。あの絵は、碧を確かに守ってくれました」
言葉を区切り、肩に置かれた夫人の白い手に四郎児は自らの手を重ねる。
「一度だけですが、絵の女が優しく碧の背後に立って微笑んでいるのを見た事が有りますし、瑞穂を身ごもった碧が何かにつまずいて転びかけた時など、見えない誰かが支えてくれて実際に転んでしまう事は無かったのです」
「その絵に有る守りの力を、誰かが外法に因って歪めています」
火縄が口を挟む。自らも外法を使うが故か、表情は硬い。普段の柔和さは、素っ気なさに変わっていた。
そこで四人は応接間の前にたどり着く。火縄が扉を大きく開け、蒼子と四郎児、そして祭が入室するのを見届けてから自らも後に続く。
中では須藤が、空になったコーヒーカップを前にチラシを見ていた。
相当集中しているのか、一瞬だけ祭達を身やったあともチラシとの睨めっこを続けている。
「須藤ちゃん、何か分かった」
昔馴染みに対し、ぞんざいに祭が聞く。
「駄目だな、色が混じり過ぎて良く解らん。後、年上をちゃんで呼ぶな」
溜め息と共に言葉が吐き出された。色とは彼の目に日常的に見えているオーラの事だろう。
須藤は集中して疲れた目を揉みほぐす。
遠くを見ようと窓辺に顔を向けた途端、緊張した声が飛んだ。
「祭、火縄」
間髪入れず須藤が立ち上がった時には、火縄は釘を懐から出し、祭は素早く片手のみで作り上げた影絵の狐を三匹侍らせていた。
「ほほっ、懐かしい顔が居るの」
ゆったりと人を引き込む調子の声が窓の外から聞こえる。
ひょっこりと、窓際に白い篷髪が覗いた。
柔和な表情を見せるが、油断はならない。須藤が二人の名を呼ぶまで、そこに人の気配は無かった。気付けたのは人型のオーラを壁越しに見たからだ。
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