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不意に現れた篷髪の老人は、茶色い作務衣に包まれた肩の上に異形の烏を乗せている。
四本の脚、二対の翼、ハシブトガラスとハシボソガラスの首。
「獅子雄」
火縄が、現れた老人の姿を見て低く唸った。大きく見開かれた目は、憎しみに満ちてギラついている。身に纏う雰囲気も、鋭利な刃物の如き殺気に満ちた。
対する老人の口調は変わらない。目を細め、懐かしそうな微笑みさえ浮かべて告げる。
「絶、元気そうだの」
「何だ、火縄。知り合いか」
「私の父親ですよ、須藤さん。私を生まれながらに外法の道具とし、左道に生きるしか術のない身に落としてくれたクソ野郎です」
「役立たずが、親父をクソと呼ぶかの」
獅子雄の言葉に、火縄が須藤よりも一歩、前に出る。
「役立たずで結構です。道具にされるよりはね」
憎しみと憎悪の籠った声が絞り出され、手にした釘が殺気を乗せて窓辺に覗く獅子雄の顔に向かって放たれた。
その行動には、自分が雇われた家の者を守ると言った気遣いはなく、単純に目の前に現れた憎むべき相手を討ち取ろうとする意志しかない。
釘が窓ガラスを突き破り、獅子雄の顔が有った位置を正確に射抜く。
余りの速さにガラスには打ち抜いた分の穴しか開かず、ヒビは周りへと広がらなかった。
しかし、既に的とされた人物の姿はそこに無い。
ガア、カア。
高く、低く、双頭の烏が鳴き交わす声が響く。
「逃がしません」
憎しみ故か、火縄は新しく釘を手にすると窓から飛び出し、獅子雄を追って庭へと消えた。
舌打ちをした祭が、影絵の狐を動かし後を追わせたが本人は動こうとしない。
「今の人は……」
四郎児の呟きを聞き、須藤が尋ねる。
「知っているので?」
「確か父が、懇意にしていた占い師です」
火縄の見せた殺気に圧倒されたか、四郎児は色を失った顔でいた。
「獅子雄が、四郎児さんの親父さんと知り合い?」
祭の言葉に、今度は首を傾げる須藤。
「どうした、何か有るのか?」
「あの爺さんの名前が獅子雄なら、絵に術を掛けた人の筈だよ」
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