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「栄光の手か」
絞り出す様に、須藤が呪物の名を呟く。
両足を異形と変えられ、一人では屋敷を自由に出る事もままならない四郎児。左手を千切られ、または異形とされた術者逹。祭もその一人だ。
そして、本来は甲斐碧を守る為に描かれた絵。
「栄光の手、とは?」
幻想の世界が好きだと言っても、四郎児の呪物に対する知識は乏しい。須藤の言葉を繰り返して聞き直す。
「完璧にそれだとは言えん。恐らくは栄光の手のマジックをアレンジした別物だろうよ。この魔術は絞首刑にされた罪人の左手を呪物に変え、それを見た人を金縛りにさせるという代物だ。ここに泊まった人が遭った怪異とは金縛りだろう」
「確かにそうです。盗まれたのも左手です」
須藤の問いに答える声は暗い。
「多分、絵の女は左手というキーワードを教え様としていたのだろう。仕掛けられた外法のお陰で、えぐい結果になったがな」
「四郎児さん、あんたの父親は碧さんとの結婚を祝福してなかったろ」
「はい。歳が離れ過ぎていたので、好ましく思っていなかったのは確かです」
答えてから質問の意味が本当に分かったらしい。四郎児は祭の顔を凝視した。
「まさか、父が碧の手を?」
渋い表情を須藤が作る。
室内の空気は重く静まり、そこに居る四人の呼吸するわずかな音しか響かない。外も不気味に静かだった。
「碧に罪は無い筈です」
「一度、故意に流産させられただろ。キリスト教じゃ堕胎は罪だ。そして栄光の手は、イギリスやアイルランドで流行った魔術だ」
指し示された可能性を否定する為に、四郎児が毅然と言葉を放つ。祭はただ淡々と紡ぐ言葉で持って答える。震える四郎児に視線を合わせ、真実を受け止めろと言わんばかりだ。
「だが、四郎児さんの父親がそれをやったと言う確証はない」
せめてもの慰めの様に須藤が告げる。
「栄光の手は金を集める。落ちぶれかけたこの家を、一代でここまでに築き上げ直したのは、あんたの親父さんだろ。誰が何をやったかよりも、今はこの土ん中に何が有るかさ」
家の設計図を指し示し、祭がパチンと指先で弾いた。
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