蠢くモノ

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まず、絵の女が屋敷の至るところで目撃されたのは、いつ頃からだろう。 その頃から急に、使用人の事故が増え始めた。不意に現れる緑の女に驚き、天麩羅の油鍋をひっくり返した者。階段から転げ落ちた者。剪定中の植木の梢の間から、ぬっと顔を出され脚立ごと倒れてしまった庭師もいる。 薄気味の悪さから、そちら方面が専門である呪い師や祈祷師を呼び始めたのは、半年程も前だ。一度は屋敷を出たものの、むしろ頻繁に怪異が続き、住み慣れたここへ戻って来ている。 夫である四郎児は当初、それらの異様な出来事に遭遇しなかったせいか、信用こそしなかったものの好奇心からだろう、反対もしなかった。 その夫が倒れたのは、四人目の祈祷師が手に負えないと言い残して去ってしまった直後だ。 今では半病人の状態で、急に動かなくなった下半身の為に、車椅子での生活が続いている。 医学上は、どこを調べても原因不明。 原因は分かっているのにと、蒼子は胸中に呟く。 あの女よ。あの緑の絵の女が、夫に取り憑いているのだわ。 なのに夫は、あの絵の女を未だに目撃していない。故に、自分の身に起きている異変が、非現実的なモノに有ると分かっても絵に有るとは信じない。 周りの人は、全員目撃しているのに。 苦しめているの? 取り憑き、半病人にした夫には姿を見せず、決定打を教えない。何も出来ない周りの人達を見て、嘲笑っているの? 悔しい。私には、誰かにすがる事しか出来ない。 蒼子は、ずっと瑞穂の髪を撫でていた手を止める。 お願い……。 見えない窓の向こう側を見つめ、胸中に祈りの言葉を呟く。 ここで終わらせて。あの緑の女を消して。これ以上の犠牲者は出したくないの。 だが、無残な犠牲者は、その夜の内に出ていたのだ。 片腕をもがれた術者を見舞ったのは、手術が終わって直ぐだった。 医師の話では、麻酔が効いていて眠っているとの事だったが、せめてお顔だけでもと蒼子は病室に足を踏み入れた。 白いベッドの上、その人は眼を覚ましていた。 一番驚いた表情をしていたのは、一緒に病室に入った医師である。 どう考えても、麻酔はまだ効いている筈だと。 「奥さん……」 か細くしわがれた声で、久遠と名乗った術者は告げた。
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