1章 旅する二人

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話を運転免許に戻そう。 本籍欄は存在しない(当然である)。 住所欄には、広島市内の番地が書かれている。 有効期限はまだ来ていない。 その下の欄に、遠慮がちに『普通車はAT車に限る』と、しっかり書かれているのだ。 とはいえ、その免許自体本当に彼の物か分からないのだが……。 六木いわく、『本当にこの免許が俺の物か分からないが、免許の名前を名乗っている以上、その免許に従うべきだ』と。 「半クラが出来ない以上、この車の運転は無理だ」 『半クラ』とは、半クラッチの略で、MT車を運転するのに最低限必要となる操作である。 「私は平然とやってることなのに、六木は無理なんだな」 運転手は、今の一言に思いきり嫌みを込めたつもりだが、六木は気付かなかった。 「確かに普段からMT運転する人なら、体が覚えるだろ。いくら限定なしの人でも、普段MTを運転しない人は、半クラ出来ないって人も多いからな」 運転席の足元には、レバーが三つある。 右から、アクセル・ブレーキそしてクラッチだ。 運転手の手元の位置にあるシフトレバーは、頭に小さく1から5までの数字とRが、行儀よく並んでいる。 つまり、この車はMT車ということだ。 「どのみち、俺は本を読むのに忙しい。運転を変わる余裕はない」 結局、六木は一度も顔を上げなかった。
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