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そんな…
そんな…
口を引き結びその場で動けない私を見つめ、何かを察したように女性の笑みが瞬時に消えた。
「…麻弥ちゃん?…あなた、もしかして…」
眉を寄せ、彼女が何かを言いかけた時、
「おいっ杏奈。俺が電話してる間に、麻弥いじって遊ぶなっ」
ドスの利いた声が耳に届く。
ハッとして顔を上げる私の視界に入ったのは、彼女の背後で不機嫌を露にした先生の顔。
「だって~。麻弥ちゃんが『御関係は?』なんて聞くから、つい色気のある返答をしたくなっちゃって~。ごめんね、麻弥ちゃん」
彼女は両肩を引上げ、「てへっ」と可愛らしく首を傾けた。
「えっ?…奥さんじゃない?…へ?…」――どゆこと?
「それのどこが色気ある返答なんだ?こいつは俺の姉貴。最近アメリカから帰国したばかりで頭吹っ飛んでるけど。まあ、悪気は無いから許してやってくれ」
先生は呆れた口調でそう言った後、フッと柔らかな笑みを見せた。
「…先生のお姉さん?…アメリカから帰国?」
私は大きな瞬きを繰り返しながら、ぽつりぽつりと言葉を落とす。
そして、もう一度その絶世の美女をしげしげと見ながら、ある事に気が付く。
「もしかしてっ、バスターミナルに一緒にいた美人って、お姉さん!」
「ああ。そういう事」
「やだ~。麻弥ちゃんたら。美人だなんてホントの事をっ」
「そいつの事はほっといて良いから。いつまでも玄関に突っ立ってないで上がれよ」
杏奈さんは視界に入らないと言った素振りで、先生は微笑みながら私に手招きをする。
「そいつって何よ!御姉様と呼びなさい、御姉様と!」
パタパタとスリッパの音を鳴らして、膨れっ面で先生の後を追う彼女。
何か…想像してた雰囲気と違うんだけど。
甘い夜は?ドキドキしちゃう、二人だけの秘密の時間は?
――この髪も、お姉さんにクンクンして貰うハズじゃ無かったのにな…。
「…お邪魔します」
複雑な気持ちに駆られながらも遠慮がちにそう言って、薔薇の刺繍が入ったスリッパに足を入れた。
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