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館内の女子トイレの鏡の前で化粧を直す香奈恵を見ながら、この前まで彼氏いたじゃん、と、すかさず突っ込んでみたら、どうやら、たまたま宮原くんと一緒に帰っている時に彼の浮気現場を目撃し、そこで怒って別れると言ってきたらしい。
「宮原くんね、怒って歩くあたしを人気のないところまで連れてって、抱きしめてくれたんだよね。人前で泣くに泣けないのを気付いてくれたのかなって、そこで涙出ちゃってさ」
「へ~~~」
「ね、いい奴でしょ」
感心する私に、香奈恵は照れくさそうにニッと笑った。真野くんといい宮原くんといい、性格は正反対だけど、二人ともいい子なんだなと、類は友を呼ぶという言葉をふと思い出した。
「で、そこでキスして、付き合ってくれって言われた」
「は!?」
まあ落ち着けと、化粧を終えた香奈恵は手のひらを見せて私に向き直った。
「前から、あたしのこと気があるような素振り見せてたんだー宮原くん。私が彼氏持ちなの知ってたから好きだとは言ってこなかったけど。いい子だなとは思ってたし、まあ、そんなに好いてくれてるならいっかーって。付き合ってみないとわからないじゃん?」
「キスと告白の順番違くない?」
「だからーそういう雰囲気だったんだってば」
でた、そういう雰囲気。腑に落ちない顔をしているであろう私と香奈恵がトイレから出ると、斜め向かい側で真野くんと宮原くんが談笑しながら待っていた。たぶんあれは宮原くんが映画の感想を熱弁していたのだろう。
仲良く手を繋ぐ香奈恵と宮原くんをぼんやり眺めながら、出口へと続く廊下を歩いていたら、絨毯の床に足を取られて転びそうになったのだけど、しっかり真野くんの腕に支えられていた。
「びっくりした~、ありが……」
思いのほか近くにある顔に、息を飲んだ。真っ直ぐに見つめる瞳が逸らせずにいると、ゆっくりと唇が近づいてきて。
「ありがとう!」
パッと手を離し、少しばつの悪そうな顔をする真野くんに何事も無かったかのように振舞うと、少し先に行っていた二人が振り返り、「何してんの早く~」と大きく手を振った。
夕方、皆と解散し、私は一人いつもの場所へ向かった。今日もピンクの花を買って。
小さなお寺の門をくぐり、墓石の前に立つ。
「こんにちは、沖田さん」
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