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柊先輩と別れてしばらくすると、知らないアドレスからメールが入っていた。開いてみると、送信者は柊先輩で、用意の必要なものが、細かくあげられていた。おそらく若葉社長が漏らしたのだろう。地下ということで、服装から道具類に至るまであった。
「そういうわけで明日も出勤することになったから」
「土曜日なのにか?」
「仕事だから仕方ないでしょ」
私は振り返らないで、指定されたものをリュックに詰め込みながらいった。私は家主である彼、柊誠(ひいらぎまこと)の養女として、居候している身だ。
正直彼らと過ごした記憶はあっても、両親の記憶は全くない。おまけに生き別れた妹も、顔すらはっきり覚えていない状態だ。冷酷だと言われるかもしれないが、家族を大切だとか愛おしい存在だとか、そこまでの情は抱けないのだ。
「お姉ちゃんをイジメちゃだめっ!」
柊夫妻の息子である、煉(れん)君が割って入り、私の背中にぎゅっとしがみついた。
今年で二十七歳なのに、未だに家族がよくわからない。しかし背中に感じた、自分とは異なる体温に、これが愛おしさかもしれないと感じた瞬間、心がじんわり暖かくなって、衝動的になぜか泣きたい気持ちになった。
私は手を止めて、煉君の方を向き、そっと抱きしめ合った。最初は戸惑いながらも、煉君は小さな手で抱きしめ返してくれた。
―家族ってこんな感じかな―
堪えていた涙が、一気にあふれ出した。悲しいわけではなく、恐ろしいわけでもない。ただ彼女が生きていると、信じてあげられない自分が、情けなかった。まるで悲劇のヒロインぶった芝居だ。自分が憎たらしかった。
「煉もう遅いから寝なさい」
「やだ。お姉ちゃんと寝たいから待っていたんだもん」
煉君を寝かしつけようとして、寝室へと移動する前に、私は柊から話があると呼び止められた。その声色で内容を察した。間違いなく仕事のことだ。煉君も妻の繭子(まゆこ)さんも、容認してくれた。しかし柊だけが唯一 反対していた。煉君はまだ幼いので、仕事のことを本当の意味では理解できない。それでも頑張ってと、背中を押してくれた。
繭子さんはわざわざ、神社まで行って、御守りを買い与えてくれた。二人に応援されていたせいなのか、それとも単純に驕り高ぶっていたのか、柊に反対されることを予測していなかった。そのため仕事に関して、柊とは何度も絶えず衝突があった。
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