第一話

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 社長室から食堂に降りてきた男性に、彼女がすかさず、深々と頭を下げた。その行為だけで、彼女が彼を尊敬しているのが分かった。  この遺体捜査官本部を設立した上、彼女を出版社・フリーダムからヘットハンティングした張本人で、社長も兼任していた。三十歳とまだ若いが、頭の切れの良さは天下一品だ。  身長が百七十三cmと、遺体捜査官の平均よりは低く小柄だが、足が長いため実際よりも高く見えた。失礼な例えだが、見た目は完全に背中からキラキラオーラ全開で、接客にあたるホストそのものだ。  近眼用メガネをいつもかけており、というよりも外した所を、誰も見たことがなく、謎めいた部分もあった。  しかし、モデルをしていてもおかしくない、綺麗な人だった。派手な金髪はどうかと思うが、大人しくて深みのある、エメラルドグリーンの眼に調和され、派手さが気にならないのだ。違和感を全く感じさせる要素がないほど、彼の容姿はあまりにも自然体だ。  大人の色気を放出させる顔は、温かくもあり、冷たくもあった。優しい穏やかな表情をいていることが多いが、どこか無理やり貼り付けているような胡散臭さを感じた。  そしてたまに社長室で見せる後ろ姿は、まるで帰ってこない人を、指折り数えて待っているようだった。そんな寂しさと影が見て取れた。きっと、もうずっとそんなことを、長い間に渡って繰り返していたのだろう。 「ここで面倒事はよしてくれないか。それに―――そういう発言は、実績を上げてからだ」  社長に咎められては、元も子もない。仕方なく彼女に形だけは平謝りして、彼はその場を取り巻きと立ち去った。しかしどうしても、納得がいかなかった。社長の言い分は、筋が通っていて、明らかに正しいものだった。だからこそ、余計に気に入らなかった。まるで彼女を、擁護するような口ぶりであった。長年勤めている自分よりも、よそからきた部外者を丁重に扱われて、蔑ろにされた気がしたからだ。  そもそもどこからきたのか、どうしてここだったのか、連れてきたのは社長にも関わらず、彼女の素性は明かされていなかった。公表されたのは三流の不良校でも、一流のエリート校でもない、一般大学まで通っていた。また在学中クアラルンプールにホームステイ、シカゴに留学経験のある一般市民のみだ。 「遺体の声ねえ」 「噂では死者の声が聴けるとか」 「逆に生者の声が、全く聞こえないらしいな」
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