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「はあ、はぁっ……っ!」
闇の中で、一人の男が悶えていた。
とある廃墟の一室。
たった一つの小さな窓から、弱々しい光が蒼く室内に差し込む。浮かび上がる硬質な床には、一面に薄く埃がかかり所々で微かにその粒子が煌めいていた。
湿っぽさに光を孕み、床に広がった歪な四角と窓の輪郭をきっちりと直線で結ぶ透明なカーテンの揺めきを、彼は部屋の角の暗がりから睨んでいた。
荒い息遣いだけが、空間に広がっていく。時折咳込むが、押し殺してまた浅い呼吸を続ける。
「……っはあ、はあ、っくそ……!」
不意に、彼が上を向いて呟く。壁に付けた後頭部が擦れて、じゃり、と毛が軋む音がした。
気道が広がったからか、喘ぐ音が小さくなる。
「……はあ、はあ……ふぅー……」
暫く続いた掠れ気味の荒息も、幾らか落ち着いてきたようで、次第に拡がる呼吸の合間の最後に、彼は煙草の煙を吐き出すように長く、深く息を吐いた。
「畜生、あいつら……」
虚ろな目で、彼は左腕の方を見る。
其処には、小脇に挟む程度の大きさの、鈍色の缶が有った。蓄光塗料で書かれた文字列が弱々しく光っている。
「…………っ!」
再び息苦しさが舞い戻る。それと共に思い出すのは、己の存在の弱さと――止めどない怒り。
彼は絞り出すように言った。
「――ごめんな、今度は……」
「今度こそは、絶対に守ってやるから」
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