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「今下さん、これの請求書の作成お願い」
そう言って、こちらも見ずに経理部のお局の佐藤さん(38歳)が書類を差し出してくる。
「はい」
新入社員らしく、私は明るく笑顔で返事をし、書類を受け取る。
そしてパソコンに向かう。
請求書を10分ほどで作成し、チェックを済ませる。
「佐藤さんできました」
「見せて」
請求書を佐藤さんに渡すと、佐藤さんは真剣な顔で書類をチェックする。
緊張する一瞬。
「OKです。どうもありがとう」
緊張が解ける瞬間。
佐藤さんは表情を変えずに書類をファイルにたばねた。
ばれないように、ほっと息をついた。
私は今下なぎさ。21歳。
海のない山に囲まれた地方で生まれ育ったのに、なぎさ。
うちの両親もずっとこの土地で育ったらしいから、きっと海に憧れて子供にこんな名前をつけたに違いない。
両親は否定しているけれども。
今年から医療機器を扱うメーカー「只医療機器販売株式会社」経理部に入社した新入社員。
会社の規模としては結構大きい企業になると思う。
都内の一等地に6階建ての自社ビルを構えているし、福利厚生もしっかりしている。
この会社に就職が決まったのを機に私は東京に出てきて、一人暮らしをすることになったのだ。
入社して3ヶ月がたって、ようやく仕事や人間関係にも慣れてきたところ。
請求書の作成もはじめはてんやわんやしていたのに、私もだいぶ成長したもんだ。
自画自賛でもしないとやってられない。
その時スカートのポケットの中に入っている携帯がブルブルと振動した。
こっそりと携帯を取り出して確認すると、同期の島 亜里紗からラインが届いていた。
“今日はA/LOVEでランチにしよう♪”
A・LOVEは会社から少し遠く、しかも座席と座席の間隔が広く、仕切りもある。
亜利沙は人に聞かれたくない話がある時は、いつもランチはA・LOVEに誘ってくる。
今日も亜利沙お得意の恋愛トークでもするつもりなんだろう。
すばやく“了解”と返信して、携帯をポケットに戻した。
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