●出会い

2/19
前へ
/46ページ
次へ
「今下さん、これの請求書の作成お願い」 そう言って、こちらも見ずに経理部のお局の佐藤さん(38歳)が書類を差し出してくる。 「はい」 新入社員らしく、私は明るく笑顔で返事をし、書類を受け取る。 そしてパソコンに向かう。 請求書を10分ほどで作成し、チェックを済ませる。 「佐藤さんできました」 「見せて」 請求書を佐藤さんに渡すと、佐藤さんは真剣な顔で書類をチェックする。 緊張する一瞬。 「OKです。どうもありがとう」 緊張が解ける瞬間。 佐藤さんは表情を変えずに書類をファイルにたばねた。 ばれないように、ほっと息をついた。 私は今下なぎさ。21歳。 海のない山に囲まれた地方で生まれ育ったのに、なぎさ。 うちの両親もずっとこの土地で育ったらしいから、きっと海に憧れて子供にこんな名前をつけたに違いない。 両親は否定しているけれども。 今年から医療機器を扱うメーカー「只医療機器販売株式会社」経理部に入社した新入社員。 会社の規模としては結構大きい企業になると思う。 都内の一等地に6階建ての自社ビルを構えているし、福利厚生もしっかりしている。 この会社に就職が決まったのを機に私は東京に出てきて、一人暮らしをすることになったのだ。 入社して3ヶ月がたって、ようやく仕事や人間関係にも慣れてきたところ。 請求書の作成もはじめはてんやわんやしていたのに、私もだいぶ成長したもんだ。 自画自賛でもしないとやってられない。 その時スカートのポケットの中に入っている携帯がブルブルと振動した。 こっそりと携帯を取り出して確認すると、同期の島 亜里紗からラインが届いていた。 “今日はA/LOVEでランチにしよう♪” A・LOVEは会社から少し遠く、しかも座席と座席の間隔が広く、仕切りもある。 亜利沙は人に聞かれたくない話がある時は、いつもランチはA・LOVEに誘ってくる。 今日も亜利沙お得意の恋愛トークでもするつもりなんだろう。 すばやく“了解”と返信して、携帯をポケットに戻した。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加