魔王に拾われた男の子

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 もともと肥沃な人界の大地で食物によって栄養を摂ることが前提の人間にとって、魔界という栄養を魔力の摂取で補うような場所で育てられるのは無理のあることであった。  人間界にある太陽のようなものはなく、代わりに空中に存在する魔力が赤の空を作り最低限の光を生んでいる。そのために植物は育たず動物も存在しない。黒の大地に食べ物という概念がないのだ。確かに魔力に物質の生成能力があれば何でも、それこそ足りない栄養を補うこともできる。しかし、それを行うには人間は魔力が弱く少ない。  魔物から直接摂取しても、自分の者として吸収できるのは半分程度。第二成長期が訪れることで、ルアンもそれが無視できぬ問題として持ち上がった。 「なぜですか!」  十二歳の男子にしては小さく細い体。それに似合わず魔法技能、特に得意である火への変換能力――火属性魔法はかなりの実力に達している。しかし現在、その魔力はほとんど栄養への変換に使われている状態。それでも近いうちに足りなくなってしまうのは目に見えている。そのための提案なのだが、対する答えは予想通りのものであった。 「俺は魔界で十分です! 人界など興味はありません!」  彼には本来住むべき場所、なぜそこではない場所にいるのか、全て伝えている。自分を捨てた世界。嫌悪感を抱くのは当然のことだ。 「だめだ。お前、このままここにいると死ぬぞ」  澄んだ紅色の瞳が見開かれる。幼い頃より少し濃い色を宿すようになっていて、血は繋がってはいないが、心なしか魔王と少し似ていた。 「王に連絡は取ってある。王兵として雇ってもらえるはずだ」  余計なことを。そう呟きたくなるのをこらえて、魔王から目を逸らす。しかし、魔王にそうと言われてはルアンがそれに逆らうことはできなかった。 「その目で人間界を見てくると言い。見もせずに拒絶するのは違うと思わないか?」 「大丈夫……なのでしょうか」  不安になることは当然で、魔王もそれは心得ていた。 「少なくともここよりも安全なのは確かだ。家が点在しその周りに魔物が闊歩している魔界とは違って、街として人間が武装せずとも外を歩ける領地がある」 「それはなんとなく覚えています」  ルアンには、人間界での記憶がほとんど残っていない。知識的な部分は問題なく、思い出の部分もイメージのようなものは残っているようだが、典型的な記憶喪失の状態だった。 「安心しろ。別に人間界に永住しろと言っているわけではない。どうしてもと言うのであれば時には帰ってくると言い」  そういう問題ではないのだが、もともとこれはルアンを助けるための話。これ以上反論することはできなかった。
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