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ルアンの近くにはお粥が、その奥にサンドウィッチが用意され、ラケルが腰掛ける。ミエがソファの横にバスケットを置いて、また食べ終わる頃に来ることを告げて退室した。
「食事にしようか。少しでいいから食べられそうか?」
スプーンを手に取って、そっとお粥をすくう。湯気がぶわっと立ち、少し仰け反った。
「お米、たまご、と……お肉。野菜は……」
「ほうれん草。肉はササミ。少しは覚えていているようだな」
不器用にスプーンを口に運んで、目を見開く。味付けは控えめだが、ルアンにとってははっきりと感じられる。米と肉の甘み。卵のとろみと野菜の苦み。
魔界での食事は、魔物の魔力を魔力回路の大動脈が通る首筋に噛み付いて吸い取るのが当たり前だった。魔物の種族によっては肉を食べることもあったが味気なく、そもそも食事にありつくまでも危険が伴う。あくまで食事は生きるためのもので、娯楽ではなかった。
「おいしい」
ラケルの方を向いて、ぽつりと咳く。ほんの少し笑みを浮かべていて、ラケルはほっとしたように息を吐いた。
「ようやく笑ったな。よかった」
一ロ一ロ、ゆっくりと。半分ほどしか食べられなかったものの、とても満足そうで。
「ごめんなさい、でも……おいしかった、です」
人間界に来たのはルアンの成長のためとはいえ、ラケル達にとっては王兵としてこちらで使わせてもらう形。人間界への恐怖があることも聞かされていた。だからこそ王兵として働いてもらう前に、この世界を好きになってもらおうとした。
初めに街外れに転移させて生活の様子を見せたのもその一環。人への恐怖を取り払い、人のために動く王兵としてのあり方に少しでも近づいてもらおうと。食事も人間界を好いてもらうための一つの方法だった。
幼い頃、満足な量は食べられていなかっただろう。ロ減らしのために捨てられたのだろうから、それは容易に想像がつく。
「少しずつ食べていけばいい。無理せずに慣れていけ。初めのうちは消化しきれなかったり受け付けなかったりするかもしれないからな」
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