悪意のない失言

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坂井と同棲するようになってから十日が過ぎた。 未だに坂井は忙しいらしく、帰りは毎晩遅い。 「じゃあ、行ってきます」 「うん、行ってらっしゃい」 そんなに多忙な日が続くなんておかしいし、私の退職手続きはまだ終わらないのかしら、という疑念は勿論ある。 けれど、いつも喉元まで出かける言葉を飲み込んでしまうのは、坂井を前にすると、なぜ、この前キスをしたのかしら、という考えが一気に頭の中で膨らんでしまうからだ。 それほどに、坂井の帰りが毎日遅いのはおかしいと思いつつも、大したことではないと思っていたのだと言える。 それが実はとてつもなく大したことだったと知るのは、これより僅か三十分後のことだ。
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