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だが、そんなものは灰色の人形の足止めにもならなかった……。
勢いを緩めること無く突撃する灰色の人形を前に、弾幕も煙幕も尽(ことごと)く消滅していく。
その身に傷を刻む事は愚か、触れることすら叶わずに……。
「発想は良いね、しかし幼稚! 隠れんぼは終わりにして……」
反撃の二重幕を難無く抜けた灰色の人形は、その饒舌を止まらせた。
何故ならば、幕を抜けたその先……白い獣の姿が無かったからだ。
急速に鈍化する世界の中で、灰色の人形は思案する。
右か左か、はたまた背後か……もしくは、真上。
咄嗟に空を見上げた灰色の人形は、直ぐに自らの予測が外れた事を知る。
その一瞬の隙を突き、白い獣が咆哮を上げて飛び出したからだ。
飛び出してきた場所は……なんと正面、地面の下!
目眩ましが有効なほんの数秒にて穴を掘り、地中に身を潜めていたのだ!
白い獣は、何も狙ってこの策を取ったのでは無かった。
純粋なる戦闘本能が、奇襲に見せかけた正面激突という裏の裏の策が最も有効であると判断し、その身体を動かしたのである。
「なッ、にィイイ!?」
灰色の人形がそれに気付いた時には、既に遅い。
白い獣の電撃的肉薄は終了しており、振り上げた爪の繰り出す殺意の閃きを、その身に受ける他無かった……!
飄(ひょう)、と風が一つ鳴き、交差する二つの光……そして響いた、静かなる斬撃音。
土煙を上げながら地面を滑り、その身を翻す白い獣。
金色の瞳が捉えるは、赤色の光を撒き散らしながら飛ぶ肉塊……灰色の人形の左腕だ。
くるくると回転しながら放物線を描くそれは、白い獣の傍らへと落下する。
「かえして、もらうよ?」
視線の先で地に伏せる灰色の人形を一瞥した白い獣は、静かに頭を下げた。
視線を移したその先……白い獣が見つめる灰色の腕は、徐々に色味を、形をも変えていく。
そうして現れたのは、吸い込まれるような深い闇色……美しさすら感じさせる獣の前足。
口を開いては閉じ、閉じては開いて……明らかな躊躇いの後に恐る恐る、まるで割れ物を扱うかの様に慎重に、白い獣の口はそれをくわえ上げた。
「おか、えり」
愛おしそうに目を細め、満足げな表情を浮かべた白い獣は、そのまま闇色の前足を口の中に滑り込ませた……。
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