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粗末な寝具の上、丸まるようにして眠っていたそれは瞳を開いた。
瞬きを数度繰り返して自らの置かれた状況を理解すると、やがて気だるげに身を起こす。
「……懐かしい夢を、見た気がする」
雑味を感じさせない、透き通った声音。
蕩けるような美声の持ち主であるそれ―人間の少女―は、幾ばくかの躊躇いの後に温もりの残る寝具より抜け出した……まるで寂しさを訴えるように、軋む音が尾を引いた……。
黒く艶やかな腰ほどまである長髪を揺らし、均整の取れた体躯と白磁の肌を惜しげもなく晒しながら、乱雑な室内を慣れた様子で歩く少女。
それもそのはず、ここは彼女の自室である。
少女は僅かに見える床を器用に踏み進み、そのまま浴室へと身体を滑り込ませた。
そこはかとない冷気が漂う簡素な浴室の浴槽、花の匂いが僅かに香る液体で満たされたそこに、少女は静かに身を沈める……。
「給湯器……早く直らないかな……」
見上げる少女の嘆息が白い天井にぶつかり、狭い室内に反響する。
降り注ぐ自らの嘆息に、顔を下げた少女は再び嘆息。
水面に映る自らの顔と暫し見つめ合い、少女は出ていた頭も湯船に沈めた……。
そうして少女は水浴びを終え、水気を拭いた布一枚を纏って外出用の服を選定する。
……と言っても、少女の持つ服は選定する程数はないのだが。
「……よし、出来た」
乱雑な部屋とは対照的に整理された衣装棚から、一際几帳面に収納されていた服を取り出して纏った少女。
ヒラヒラとして布の多いそれは“ゴシックドレス”と呼ばれる物で、今では非常に珍しい衣服―仮に売ったとするならば、それは法外な値段で取引される代物だ―である。
そんな衣服を纏う少女は外見も相まって、立ち姿はさながら丁寧に作り込まれた人形の様だった。
「……大丈夫、ちゃんと可愛いよ……」
ヒビの入った鏡を前に、少女はヘッドドレスのズレを直して微笑んだ。
まるでそこに誰かがいるかのように、少女は楽しげに口を開く。
「……うん、そう、お出かけ……違うよ、浮気なんかしない……大丈夫、約束したでしょ……? じゃあ、行ってくるね」
会話めいた独り言を終えると少女は、双月 護(ふたつき まもり)は軽やかに玄関へ飛んだ。
服に劣らぬ上質なブーツを履いて、重い扉を押し開いた……。
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