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めでぃかる・くりえいたー
1.
重要なのは入った大学じゃない。その大学で何をするかだ。
そんなのは受験戦争に惨敗を喫した落ち受験生の遠吠えだと思っていたのだが、僕はこの春、見事に志望した薬学系の大学を軒並み落ちて、めでたく私立C大学理学部に入学が決まった。
四月の初旬。キャンパスに薫る湿り気を帯びた春の匂いにまじって、どこぞで昼から酒盛りしている阿呆な先輩でもいるのか、浮かれたアルコール臭がほのかに漂う。
ひらひらと舞い散る桜の花びら。晴れやかな陽気とは裏腹に、僕の心持ちは後ろ髪を引かれるような思いでいっぱいだった。
M薬科大に行きたかった。
僕自身、将来薬剤師を志して勉強をしていたのだが、M薬科大にはさらに憧れの先生がいたのだ。
若干28歳、博士号を取ってわずか一年足らずで准教授になった天才薬学博士、五辻ことり。
何の因果か去年うちの高校に特別講義をしに来て、その斬新すぎる発想に一目惚れしてしまった。
決して若干幼児体型気味のマニアックな可愛さに一目惚れしたわけではない。あくまで学問として、彼女の独創的な創薬の発想に一目惚れしたのだ、うん。
ぜひとも彼女の研究室に入って、彼女の下で創薬の研究がしたかった。あのちょっと舌足らずな口調で実験の失敗を厳しく叱って詰って罵ってゲフンゴフン、いけない、少々アルコールの匂いに酔ってしまったようだ。
だがまぁ、最終的にはM薬科大どころか薬学部にすら入る事ができなかったのだ。ちょっと妄想で欲求不満を慰めるくらいしても罰は当たるまい。
と、思っていたのだが。
「……はぇ!?」
午前9時。所属する研究室の扉を開いた僕は思わず奇声を発してしまった。
僕が入学したC大学理学部はかなり特殊なカリキュラムで、学生は一年次から特定の研究室に席を置く。
高校でいうHRのようなものだが、少人数の上に自由度が高い分、こちらの方が遥かにアットホームだ。
入学からすでに一週間が経過して、段々と見慣れつつあったいつもの顔ぶれの中にひとり、見覚えのありすぎる顔が混じっていた。
「よう渡辺、ちょうど良かった」
と、おそらく素っ頓狂な顔面を臆面も無く晒していたであろう僕に声をかけたのは成瀬春香ポスト・ドクター。
まだ肌寒い日も多いというのに極端に布面積の少ない服の上から、極端にサイズの小さい白衣で胸元をぎゅうぎゅうに圧迫している研究室の大先輩だ。
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